0409:楽園の意味

「約束の地……の伝承ですか? いえ、我々はイーズ森域から逃げ出す様にここに辿り着いたのです。向こうの長と差し当たって違う事など……」


 そもそも。この鉱山のガギルは、イーズ森域のレジアン鉱山という、とうの昔に閉山した集落の出身だそうだ。閉山前から違う鉱山を探していたのだが、見つからず。モボファイ鉱山に厄介になったのだという。


「恥ずかしながら……実は我が鉱山の代々の長の一族は……その移動の際に全員死に絶えたのです。最後の一人、先代の長が亡くなる際に、仕来りや口伝などはいくつか聞いたのですが、約束の地に関することは大して語られることもなく」

「そうですか」


 まあ、代替わりしていたらそんなものだろう……。口伝の弱点というか、致命的な欠点というか。


「あ。ですが……これは関係ないか」


「ん? 何でも良い、教えてくれないか?」


「オブルイット森域にガギルは我々だけですが、ノルドは……確か3つの集落があります。南オブル、東オブル、西オブル。そのうち、うちの鉱山に一番近いのもあって、東オブルのノルドとは懇意にしてもらっています。多分、ノルドの冒険者がガギルの書簡と酒を届けてくれた時も、この場所はそこで聞いたのだと思います」


「ああ、そう聞いている」


「それであの、東オブルのノルドは特にここに行商で寄ってくれることが多く、話すことも多いのですが……その話の中で、このオブルイットの森、特に南オブルの集落辺りはノルドにとって楽園なのだ……と言われまして。詳しいことはノルドの秘なので教えられないが、と。それはガギルの約束の地、みたいなものか? と聞いたら、そうじゃないか? と言っていたので」


「ノルドの秘? そう言ったか?」


「は、はい、確か、そうだったかと」


「南オブルの者ではなく、東オブルのノルドがそう言ったのですね?」


「判った。他には?」


「他は……あまり……」


 という会話も早々に、俺達はサダータン鉱山を離れることになった。今回の中毒に関して、俺が施した術のみでいいのかどうか? はしばらく様子見しないと判らない。

 なので、ここにいても仕方ないということで、ノルドの集落に向かうことにしたのだ。帰りにまた寄ると約束して、それなりの食糧を提供するともの凄く喜ばれた。まあ、主に、彼らにとって「こないだ書簡と共に届いた酒」が含まれていたからなんだけれど。ガギルは食よりも呑む方を優先しすぎだ。死にかけてたんだぞ。


「んで。これ、南ですか? 向かってるの。話をしてた東ではなく」


「ああ、そうじゃな……」


「オーベ師。お教え願えませんか? 楽園とは?」


「おや? 外交官殿は何か気付いたのではなかったか?」


「はっ。ノルドの秘とは、その森域の者全てが秘するべき事象。ですが、東ノルドの者はガギルにその事をあっさりと話しています。そもそも、ノルドの秘という言葉自体を他種族に伝わっていることにショックを受けました。その事実を受けて、抗議するだけでも外交官事案です。が。オーベ師はそれ以外にも何か心当たりがおありの様で」


「ノルドは……現実主義者の集まりじゃ。それは我が主も知っておるな?」


「ええ、そうですね。論理的というか」


「そうじゃな。なので、情には余り反応せん」


「そのノルドが楽園……と言う言葉を使った。それが問題じゃ」


「うーん……。詳細を言えないからじゃないですか?」


「ああ、それはそうじゃろう……だが。本当に楽園を観ているのだとしたら」


「楽園を?」


「ノルドはな……ヒームに比べて長生きすることもあって、厭世的になる者も多い……」


「厭世的……嫌な予感がしてきました」








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