0391:その間、約一日

 いくつかの国を越えた、遙か東南方の騎馬民族国家の情報をさらに得るにはどうすればいいのか。

 今回のガギルの「約束の地」の情報収集を兼ねて、周辺都市での聞き込みもお願いしているが……最低でも誰か一人、東南へ派遣しないといけないのではないか? という話をしていたところ。


「イリス様とモリヤ隊戻りました! モリヤ隊の皆さんが負傷? してます!」


 いきなりの緊急速報。守備隊員が報告に走ってきた。


 負傷? ということで急ぎ向かう。イリス様達はまだ、船着き場脇の衛兵詰め所にいた。とりあえず、床に毛布を引いて寝かされている。


「ああ、モリヤ。すまん、負けた」


「……そうです、か、いえ。イリス様が無事で良かった。そして、三人を連れて戻ってくれて良かった」


「ああ……どう考えても、相性が悪すぎた……」


 くっ。イリス様が結構ショックを受けてる。だけど、俺もか。俺が迂闊……だった。くそ。


「了解しました。まずは三人を」


 急ぎ、浮遊台車で地下領主館へ運ぶ。震動少ないからね。


 生きている。三人とも生きているが……これは……。血がいや、魔力? が

逆流してくる。逆立つというか。これはヤバイ。どういう症状なのかも判らない。


「これは……オーベさんですかね……ジャンル的に」


「ああ、ファラン……か。どちらか。オーベ師の方が専門かもしれん」


 既に人を走らせてる。


「負けたっていうのは本当か?」


 ファランさんが駆けつけてきた。


「イリスは問題無いのか……」


「ああ、瞬間に三人を担いで逃げた」


「お前の見切りの早さは異常だからな。私も何度担がれたか判らん」


 ファランさんが三人の症状を、魔力で探る。ベッドに寝かされている、オルニア、シエリエ、リアリスに向き直った。


 ああ、あれだ、ここはマッサージでお馴染みのどんなになっても、なにしても大丈夫お漏らしとか吐いたりしてもな部屋だ。マッサージ用の細目の折りたたみ式の寝台が配置されている。ドガルに作ってもらった。


「しかし……この三人は……魔術に関して素人ではないし、対魔術という点でもかなり能力、技量共に高いと思うのだが……な。リアリスは癒しの術ならこの領で二番手の使い手なのだし」


「関係がないよ、ファラン」


 いつの間にかオーベさんがリアリスの顔を覗き込んでいる。いつ部屋に入ってきた?


「これは……我が君の判断の確かさに感心するしかないな……瞬時に逃げ出していなかったら、同じ様に倒されていたに違いない」


「やはり。嫌な予感がしたんだ」


「……多分、召喚した呪い……じゃな。我が君に感謝せねばな……我が主。でなければ妻が三人欠けておったぞ」


 まあ、うん、そんな感じはする……。というか、ちょっとおかしい。三人とも仮死状態というか、息をしているだけというか。なんだこの症状。


「とりあえず……癒しの術は?」


「ああ、体力を回復させるためにもやっておいてくれ」


 癒しの術を掛ける。うーん。なんていうか、手応えがない。何だ? 負傷ではないのか? 何が欠けている?


「多分だが……召喚した「何か」に喰われたな……。癒えるだろうが……しばらくは使い物にならん」


「ああ、よかった。助かれば良かった。ん? というか、何かを喰われたのなら……それを再生すれば……いいんですかね?」


「ああ、そうじゃな……我が主よ、出来るのか?」


 うーん。脳の自己の意識や運動や平行感覚を司る神経を呪いで喰われた……ということだろうか? ならば、そういう部分を再生する……と思いながら癒せばいいのかな?


 もう一度……三人に癒しの術をかけていく。なんとなく、イメージ的に頭、脳だ。大脳、小脳、間脳、脳幹。前頭前野、運動野、前頭葉、頭頂葉、体性感覚野、頭頂連合野、視覚野、側頭連合野、聴覚野、松果体、脳下垂体、延髄、脳梁、視床下部……後は何だ……思いつく限りの頭の断面図、断面写真、脳の図表を浮かべて、それを彼女たちに合わせて、適応する部分を再構築していく。


 何か、靄のようなモノがある。それを、排除するイメージの方が良さそうか……。


「くっ……ここは……」


「……」


「お館様?」


 おお……よかった。三人とも眼を開けた。再生できたってことかな? 悪いところがどこだったかの詳細は良く判らないけど。記憶を司る部分、神経の復元……みたいなことを考えてみたよ。


 三人が意識を取り戻した。守備隊の浮遊担架に乗せて自室のベッドに運んでもらう。


「……我が主よ……その癒しの術……おかしいぞ?」


「ええ、オーベ師、私もそう思います」


 ファランさんも同意する。一流の癒しの術士ってことなんだろうか? 俺。えへへ。ちがう? まあ、それはともかく。


「では、イリス様。どうなさいますか?」


「迂闊だった。正直、囚われた女が叩かれて泣いている声に焦ってしまった。偵察を出し、情報を手に入れてからであれば、三人を危ない目にあわせることもなかった」


「違うな……我が君。慢心もあったな?」


「ええ、その通りです。慢心……切り抜けられるという自信。ただ、それは、モリヤが傍にいればこそだった。思い知りました」


「我が君は……強い。そして、大抵の術士に後れを取ることもないじゃろう。だが。私相手に挑んできたのなら。奇襲で無い限り、正直、勝てる」


「ええ……」


 まあ、そうだろうね。一対一でしかも遠距離から戦えるのなら。距離を詰められないのなら。それまでに仕留めてしまえばいいだけだ。

 ただ。それが出来る強者、敵、魔術士は……そうそういないってだけだ。


「慢心は作戦立案した自分にもありましたね……イリス様は攻め込む、奇襲であれば絶対に負けないという、どこかで特別な自信があった。さらにバガントリガンでしたっけ? 海賊、というイメージが先行して、海の戦士集団としてしか認識できていなかった。すいません」


「モリヤのそれは仕方無いだろう。事前情報に、そんな強力な強者、魔術士など存在しなかった。上手く隠蔽されていたんだろう……。まあ、そうなると現場での判断が少々遅れるの仕方あるまい。イリスだからこそ、逃げおおせたということか」


「そうじゃな。我が主、作戦を立てる側として反省は良いが……我が君の力は、確実にこの大陸でも圧倒的じゃ。それをあてにするのは当然じゃろう」


 そうなのかな……今回の様に相性ってのがあるんだから、もう少し深く考えて対応しないと……。


「さらに言えば、今回の相手は……接近戦に特化した術士じゃな。この術……戦士にはすこぶる相性が良い。呪いは発動までに時間がかかるのが欠点じゃ。だが。さっきの術は一瞬で召喚……されたな。発動までの時間が極端に少ない様だ。迂闊に飛び込めば致命的じゃな」


 今回はイリス様の機転……というか、勘? でなんとかなった感じか。


「でも、これ……多分ですけど、闇術のランクは低いですよね? ってことは、祝福が効くのかな」


 なんていうか、ランクの高い術にありがちな、イヤらしさ、複雑さが足りない。


「ああ、そうじゃな。これはまず、闇術で隙間を作り、そこから召喚した何か、まあ呪いに頭の中身を喰らわす。そんな発動の仕方をするはずじゃ。その闇術が効かなければなんということもない」


「ならば次はどうにもなりますね。多分。まずはそのバガントリガンの長を潰しましょう。イリス様のリベンジということで。複数いますかね?」


「……ん? いや、こんな器用な事が出来る術士が複数いるとは思えん。モリヤと同じ、個人特化された才能じゃろうな」


「ん? もしやモリヤ……怒ってる?」


「怒ってますよ~当然。妻を三人もやられてるんですから。イリス様の対応が撃速だから助かっただけで……ちょっとでも遅かったら殺されていたでしょう? 敵の前で倒れてしまったら」


「あ、ああ」


 確か……いま、オベニスに居て、動かせるのは……。


「イリス様と俺、そしてアリエリですかね?」


「我が主がいくのなら……それで十分じゃろう」


「イリス様、どれくらいで行けます?」


「ご飯食べたら」


「はい。ではそれで。アリエリ……は今日は確か、療養所にいるはずだから地下の領主館へ呼んでくれる?」


 敬礼してまた、守備隊の一人が走る。イリス様とファランさんが食事のために地下領主館へ向かう。


「我が主……どうするつもりじゃ? 何を企んでる?」


「んーもうちょっと色々と考えてもらおうかな、と」


「……そうじゃな……まあ、過信はあるじゃろうな。あの強さだしの、仕方無いと思うのじゃが……」


「ええ。ですがそれで満足してもらっちゃ困るので」


「……厳しいの。我が主は」








  

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