0380:モールマリア王国

 海風が強い。


 大陸の北側を占める領地は吹き付ける風によって冬は冷たく雪も多い。降り積もった雪のせいで、その際ほとんどの街から街への移動が不可能になるくらい深い。ただ、海流の影響か、雪の時期は短く、冬以外は温暖で過ごしやすい気候となっている。


 そもそも、その国は自国内で完結していた。城砦都市や街、村。人の住める領域は限られているにも関わらず、食糧を生み出す耕作地となる面積は比較的多い。贅沢を言わなければ自給率は高くなる。

 何よりも、魔物の出現も非常に多かった。それを跳ねのけて発展できるほど、ヒームという種族は強く無かった。何よりも、根本的な人の数が少なかったのだ。


 そんな土地事情、気候からか、この国の人は非常に慎重な者が多かった。過去に侵略戦争はほとんど引き起こしていない。


 にも関わらず。モールマリア王国はアルメニア征服国に攻め込んだ。ビジュリアの〝戦乙女〟に荒らされた地に向かって。あまりにも適切なタイミングだったため、誰もがその部分を見逃していた。


「なぜ、モールマリアはこのタイミングで侵略戦争を始めたのか?」


 という根本的な疑問を持たなかった。後世の歴史学者はその幾つかな理由を分析し簡単に結論に行き着くのだが、同時代に生きる者達には客観的な分析が出来るほど、情報の入手は容易ではなかった。


 モールマリアはモールマリアでやむにやまれぬ事情があったのだ。


 モールマリア王国の南側には巨大なオブルイットの森域。この森に暮らすノルドは永遠とも言える長い時間、全てと不干渉を決め込んでいる。彼らは森に手を出されない限りは何一つ関心がないのだ。


 この森にリエラ草という薬草が群生している。ここ以外では非常に稀少でなかなか手に入らない薬草ではあるのだが、ポーションなどの原料に使うのは似ているが少し違うシエラ草で問題が無くあまり価値があるとは思われていなかった。諸外国では今もそうだし、モールマリアでも数年前まで同じ扱いでしか無かった。


 が。その薬草が事態を大きく変貌させる。


 モールマリアの北部に幾つかの中型のヴァイキング船が到着した。乗っていたのはいかつい男達。片手斧と毛皮の服。彼らはバガントリガンと呼ばれる略奪民族である。一隻に約30~50名の戦士が乗り込み、遠征に出て略奪を行う。


 拠点はモールマリアの北。海の向こう側にある氷原大陸である。この大陸、海に面した海岸線は激しい波に削られ、断崖絶壁になっている。彼らはその隙間の入江に村を作り、生活しているのだ。女性は全て略奪婚であり、モールマリアの沿岸部の村は常に襲われていた。


 大陸からしたら、当然、敵である。


 そのバガントリガン達が交渉をしたいと持ちかけてきた。いきなりの話にモールマリア王家、及び上層部は困惑した。これまで一方的に襲撃を繰り返していた相手が? と半信半疑であり、恨み辛みも蓄積されている。とはいえ、話をしないという選択肢も無い。お互いに騎士50、戦士50で海岸に椅子とテーブルを配置しての会談となった。


 バガントリガン側の代表は、まだ子どもだった。ビッベランジェス・ケルボンと名乗ったその子どもは……どう見ても10歳程度の顔、体つきをしている。バガンの男はほとんどが体が大きく、生まれついての戦士として能力を持っている。その代表と言うには、そこに立つ片手斧と毛皮の服の子どもは小さく、幼かった。顔付きも「可愛い」という言葉が似合う。少年でもないのだ。


 にも関わらず。彼は……言葉づかい含め、礼儀作法には余り詳しくないようだったが……一国の使者と対等に交渉を開始した。


「我々は、モールマリアと契約を結びたい」


「どのような契約でしょう?」


「氷原は人が暮らすには厳しすぎる。こちら側の大陸に拠点となる我々の街が欲しい。港が作れるように沿岸に。我々はそこを生活の拠点として海の魔物を退治して、それを売る。そして魚も獲り魚も売る。将来的には魚を育てて売ることもしたい」


「我々に利益は?」


「バガンの民を戦力と考えて良い」


「なんと?」


「この国に土地をもらい、街で暮らすということは、この国の国民になるという事だ。なので税は払わねばなるまい? モールマリアの王は我々の戦士達を戦場に連れて行くことが出来るようになる」


 それは……破格の提案だった。そもそも、バガントリガンの全員、戦士は、異常に強かった。全員が準強者と言って良いレベルの上に、船を任される長となれば、陸で強者と呼ばれる者達を遙かに凌駕する。


「さらに。王に伝えよ。我々を受け入れるのなら、お前達、陸の者たちが恐れた我々の秘密も教えよう」


 そう。彼らと戦った者なら誰もが判っている事だが、バガントリガンの戦士は……異様に強い。その秘密が判るというのだ。


 それを伝えられた王は……何代に渡る悲願でもあった……東の隣国、アルメニア征服国へ攻め込む事を決定した。さらに、奪い取った土地を今回の侵攻に参戦し活躍した者に与えると約束する。


 この頃、丁度、アルメニア征服国がビジュリア潘国に攻め込まれて、「背教者」アーガッド王が戦死したという情報を入手したためだ。第一陣として、国土の東側を領地とする貴族の騎士団が攻め込んだ際には、「召喚妃」と呼ばれるノルドの女が傭兵として加勢したため、足を止められてしまい、膠着状態に持ち込まれてしまった。


 その「召喚妃」は既にメールミアへ帰国している。


 モールマリア王国は総力を持ってアルメニア征服国へ侵攻を再開した。






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