0370:ミルベニ・オルドナッツ①
悩んでいた。
自分はついこないだまでアルメニア征服国で宰相として仕えていた。国を追われ、さらに抹殺されそうになり、さらに「奴隷将軍」ゴバン殿が殿となり、敵の目を惹きつけ、尽く討ち滅ぼしてくれたおかげで、逃げ延びる事が出来た。
正直、現状の征服国にはもう。思う所は何もない。逆に、あの国の現在の支配者である豪族達に、その名前を使われる事が許せない。許されるなら、この手で全てを奪おうと思っていたのだ。だが。
モリヤ……様でいいだろう。仕えるべきこのオベニスの領主であるイリス様の夫であるのだから。
当然、イリス様が本妻の様なので、モリヤ様も貴族という事になる。この国の法がどうなっているか判らないが、一般的にはそうだ。
そのモリヤ様が言った「磔にして晒す」……という一言。それを聞いた時に、この人は確実にやる……と「なぜか」確信できた。体が震えるのが分かった。自分は決着を付けたいとイリス様に言ったにも関わらず、あの偉大なる王、「背教者」アーガッド王が生み出した国が存在が、証が、消え去るのを恐れているのだ。
未練……なのだろうか。信じ続けた根幹が崩れていく様な不安感。それほど、あの王の元は心地よく、安心できたということだ。
とはいえ、国の盛衰は時の流れと共に大きく変化していく。一が三に、三が十にだけでなく、ゼロが百になることすらある。こうして……今も生きていることを無駄にしないこと。そして自分の思いを出来うる限り実現すること。それが正しいやり方というやつだろう。
アーガッド王は……「理由なき迫害の無き国を作りたい」と言っていた。それが成立するまではどれほどの血が流れようと、止まるつもりも無い。と。
自分はそれを実行し…実現出来るように物事を整えた。ただ、どうしてもその流れを実現するために無辜の民を犠牲にする事ができなかった。
その辺は目を瞑り、ガリエラ老に任せてしまっていた。所詮、自分はその程度なのだ。自らの手をキチンと汚すことが出来ず、その修羅の道に自分を置くこともできない。死霊術の素質があったので研究はしたが、結局命のやり取りは小さな実験くらいにしか使用していない。実戦では使ったことすらない。
オーベ師に言われるように、自分には覚悟が足りないのだ。
そう。それさえあれば……王は死ななかったかもしれない。王さえ生きていれば、自分が消えても問題はなかった。それでよかったのだ。だが、自分はその可能性にすら気づくことなく、王の死を伝えられてしまった。まさか、あれほど早く、ビジュリアが大量の〝戦乙女〟を送り込んでくるとは予想できなかった。「軍師」等という通り名で呼ばれるべき者ではないのだろう。
正直……もう少し前線に出て、現実の兵の声や存在を知るべきだった。それだけでも、致命傷は避けられた。アーガッド王を失うという最悪の事態は免れた。やらなかったのは己の怠惰のせいだ。甘えのせいだ。
こんな状態で、ここ、オベニスで雇ってもらって良かったんだろうか? 色々な可能性も考えてしまう。あのモリヤ様の謀略ならば、私を使うことなく、数倍マシな策を思いつくはずだ。簡単に。つまり、「軍師」としての能力を求められているわけではない……と思う。
ならばなんで? なぜ、雇ってもらえた? 全く解せない。
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