0352:検証開始

 そんな中、異常なくらい安定しているのが我がオベニス領だ。


 経済的にも完全に安定した。食糧の輸入、供給も万全。数年分の備蓄も完了した。


 さらに、商人に対する嫌がらせや移動時の障害も解消した。


 魔石の安定供給と、ガギルとの深い絆から入荷する武器防具等の装備品。どちらもめぼしい地場産業の無かったオベニスにおいては非常に大きな商売になっている。特に魔石は紛争後の復旧で一番消費されるモノでもある。逆に単価が上がりすぎないように規制するのが大変だった。


 更に紙。これも消耗品として主に「貴族」様にお買い上げ頂いている。最も大きな取引先は王家、王領の管理機関だ。

 というか、ふざけた態度の貴族共に売りたくないので、一度王家に全品納品して、そこから転売してもらっている。王家には生産実費(DPだから計算めんどうだけど)+輸送費くらいで売ってるのでかなり格安だ。少なくとも、質はこれまでこの世界にあった劣悪な植物紙に比べれば雲泥の差。事務管理方であれば、一目見て欲しいと思うレベルだそうだ。


 で。


 ビジュリア、イガヌリオ側の西の国境付近ではハチャメチャな侵攻でこれまたとんでもないことになりつつある毎日。


 現状、この国のオベニス以外の領地はかなり厳しくなってるという。特に荒れる他領の治安状況を聞くと、いたたまれなくなるくらいだ。


 当然、流民も多い。うちは周辺の領主からは異常に嫌われているそうで、隙あらば攻め込もうとしているそうだが、現実にはそれだけの兵も糧も金もない。そうだろうね。


 オベニスでは昔から、守備隊という名の治安維持組織が存在する。元々は自警団的な流れで構成され、今は所謂お巡りさんの役割を果たしてくれている。一般的な庶民が腕力系で出世しようと思ったら、まずは守備隊に入り、そこで実力を示して、騎士団試験に挑戦。合格して従士となるというのが一番わかりやすい流れだ。


 で。とりあえず、この守備隊の人数を6倍に増やした。これまで五十名程度の構成だったのを、三百名にしたのだ。最終的には五百まで増やしたいと思っている。地下への入出管理の警護だけでも人手は必要なのだ。


 当然、試験や訓練は異常に厳しくなっている。いやあの、その辺を緩くすると不正警官大量続出の一般の人にとって最悪の治安状況になりかねないからね。


 領に仕える公務員を増やすのは内需拡大の手っ取り早いやり方だ。


 と、いうことで時間に余裕が出来た所で。やっと、紅武女子のみんなの隷属解除の研究に、本格的に取り組める様になってきた。


 危うくなる「可能性が有る」だけで、俺の魔力は温存しておく必要があるからね。


 待たせてしまっている。彼女達には無駄に不安を感じさせてしまったと思う。夜になると震えてしまって眠れないなんていう娘もいるようだ。


 そりゃね。最初の頃は自殺しようとする娘もいたもんな。仲間が止めてくれたみたいだけど。


「生きていても……生きていても……」


「ツラいよな……その気持ち、判るとは言わない。でも、既に死んでしまった者がいる以上。その人達のためにも生きないといけない。死なないで欲しいと願う友がいる以上、生きないといけない、すまん。こんな、ツラい思いをさせてしまって」

 

 涙が出てくる。


「すまん。情けない大人ですまん。力足りない先輩で申し訳ない。俺にはどうにも、これくらいの事しか出来ない。腹立たしいのと不甲斐ないので情けない。すまん」


 俺は……この手の相談、面談に向いてない。


 生かしておく……のも罪なのかもしれない。辛いのかもしれない。でも。彼女達に自殺を許すことも出来ない。


 世界が違うのだから……そういう……モラルを変更、変革させないといけないのかもしれない……とは考えるのだが、どうしても、彼女達を放り出すことが出来なかった。


 ひとつハッキリと判ったことがある。


 この世界では……親が子を殺すことも普通にあるし、子供が親を殺すこともある。ああ、まあ、そういうことは前の世界でも無いわけじゃ無かった。が。ここでは特に……親と子の関係、血縁、一族の絆……みたいなモノが非常に希薄なのだ。


 接触不可、身体に触れないっていうのも関係してるんだろうなぁと思う。


 さらに、それは家族や一族、仲間や友……自分の深く関わっている者に対する愛情もどこか薄い。それが当たり前で、それが普通なのだ。俺だけが妙に熱くなってしまうことも多い。


 そして、そもそも、死に対して異常に慣れている。死はすぐ横にあるし、自分の隣にもある。魔物という天敵がいる状況では、いつドコででも死ぬ可能性があるのだ。だからこそ、城砦都市に住みたいと思うのだろう。普通の街や村でもある程度の魔物除けの壁は作られている。


 心のどこかで、常に魔物に対して警戒している。そういう自分たちの領域を狭まれているという感覚が、界渡りである俺らとは根本的に違うのだ。


 彼女達が遭遇したであろう過酷な現場。そして理不尽な仲間との別れ。その仲間が既に死んでしまっている現実。俺が泣いている場合じゃないだろう。だが。知らなかったで済まされない後悔があるのもわかっている。


 でもそれが俺にも理解出来る範疇である以上……自死を選ばせる事は出来なかった。無責任だから言わないが「いつかは……良いことがある」ハズだから。


 単純にオーベさんが帰還して解呪の研究が進むだろうと報告した際に、まだまだ精神的に回復出来ていない娘が多かったので、ちょっと話しかけたらこの始末だ。


 俺の中でもまだ……彼女達の事を消化し切れていなかった。くそう。ただでさえ辛いのに。変な心配までさせてしまったら最悪だ。





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