0328:最悪の状況

 取りあえず最善の手は打った。ミスハルがビジュリアから戻らなければ隷属の術の仕様の細かい所は見えてこない。さらにオーベさんが戻らない以上、研究は先へ進まない。


 死霊術の様に、勝手に光の術に反応してくれればいいんだけど……そう簡単にはいかない様だ。そもそも、高度な隷属の術は解除するという機会が早々ないらしい。まあ、そりゃそうか。絶対に反抗させたくない相手に使うわけだから……相手もただ者じゃ無い訳で。


 取りあえず、彼女達の精神的なフォローが一段落したら、俺の出来ることの説明から始める予定だが、なるべく慎重に進めていきたい。


 もう、万が一はあってはならないのだ。彼女達は万が一にも発生しないような壮絶な不幸を体験したのだから。


 幸せも不幸も。嬉しいも悲しいも。人の感受性は経験から発生する。


 この世界の子供たちは非常に厳しい環境で生活している。更に魔物などによって親や肉親を失う事も多い。子供だけでスラムで生活しているなんてケースがゴロゴロしている。その手の弱者救済の為にオベニスでは様々な仕事を創出しているにも関わらず、まだまだ足りてない。他の領では寒くて人が死に、暑くて人が死ぬ。飢えて人が死に、殴られて人が死ぬ。貧民窟に野晒しの無い所は珍しいらしい。


 オベニスからはそもそも、貧民窟を無くしたけどな!


 こんな世界で生きていかなければいけない子供達は不幸だ。肉体的にも常にツラい。お腹も空かせているし。


 だが。


 精神的なダメージを受け続けている事も無い。なぜなら、それが当たり前だからだ。自分の周りには「ソレ」が溢れているからだ。


 つまりは。知らなければツラくも苦しくも無いということになる。


 なので今回の「戦乙女」のみんなに「戦争で人を殺すことなんかこの世界では当たり前だ。魔物に襲われれば、ナイフが持てる年齢になれば全員が戦士となる」なんて言葉は慰めにもならないし、そもそも当てはまらない。


 なぜなら。彼女達は「今の自分たち」よりも幸福で幸運でツラくない現実を知っているからだ。更に言えば、それはこの世界へ連れ去られる前の自分でもあるだろう。


 向こうの世界にだって、まだまだ修羅の国は存在する。貧民窟だってある。ナイフで他人を刺し殺してでも、食べ物を求める子供だって存在するのだ。


 だが。


 全国レベルの私立の学校に行く。スポーツでインターハイへ行く。そのレベルまで体を鍛える。


 ある程度、満たされ、充足した生活レベルがなければ早々難しい。各家庭毎に愛に満ちあふれているかどうかは分からないが、一切無いなんて家庭の方が少ないだろう。


 そんな彼女達の「心」に、今回の隷属状態での仕打ちは……ギャップが激しすぎた。

 

「つまりは。俺を含めて、この世界で誰も、彼女たちの苦しみを理解する事が出来ないのです。その心理的なダメージの大きさ、トラウマの形成具合。如何ほどのものか」


「あ、ああ」


「うむ」


 うん。イリス様は完全に投げ出した。ファランさんはさすが、かな。言葉としてはちゃんと理解してくれている。


 まあ、そんな理由で、現状「戦乙女」の隷属の仕様を分析しているが、正直、あまり迂闊に行動は出来ないと思っていた。


 何よりも、彼女達が隷属の命令に支配されて我々に抵抗し始めた場合。再度気絶させて拘束する必要が出てきてしまう。最悪それも考えるが、最初は、リスクを極力少なく進めたい。


 いくら自分の隷属を解除する為とはいえ。我々が暴れるのを止めるためとはいえ。力によって加害されるのは何かしら精神的に来るモノがあるだろう。


 そしてそれが今後の遺恨として残っていく可能性も多い。人は余裕が出来ると余計な事を考え始めるモノだ。これまで生きていくのに必死で余計な事を考えることが出来なかった彼女達が、暗黒面に目覚めてしまうことだって有り得るのだから。


 俺は大人として……彼女達を助けてしまった偽善者として。精一杯考えて、施さなければならない。


 それが……言葉は悪いが、見捨てられず拾ってしまった者の義務だ。




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