0326:紅武女子運動部バスごと異世界転移事件⑦
個別の……部屋付きのシャワーではなく。ユニットバスでもなく。
案内されたのは、大浴場だった。え? 何、これ。
大浴場は……よく知っている大浴場だ。というか、この施設が既に、古民家じゃなくて、古い洋館をリノベーションしたホテルの様な感じなのだ。
服を脱ぎ、脱衣所に置いてあったハンドタオルを持って浴室に向かう。視界には……黒い石でできた、ついたての付いた個別の身体洗い用のスペースが……二十くらいならんでいる。
(どう見ても……近所のスーパー銭湯の大浴場だ……。母親と良く行った……シャンプー? リンス? コンディショナー? ぼ、ボディソープ?)
その表示も含めて、そのようなモノが存在する……ハズが無いのだ。ここは何処なのか全く理解が及ばない。
「これは夢なのかしらね……」
いつの間にか隣に……宇城会長が立っていた。
「会長! 無事で!」
「ええ……。貴方は気を失ったままだから聞いていなかったでしょうけど……杜谷さんという方が助けて下さったのです」
「た、助け……それは、本当ですか? ここ異世界ですよね?」
「判らないわ。だけど今は彼を信じるしか無いもの。戦争で負けたのだから、私たちは捕虜って事になるんどえしょうね。彼、日本人で転移者ですって。嘘には聞こえなかったけど……。この湯気やお風呂は本物よね」
前をハンドタオルで隠してはいるが、もの凄いパワーのある裸体である……。
「会長……エロイですね」
「……よく言われるわ。特に莉久は揉んでくるから質が悪い」
「自分はお子ちゃまボディ過ぎて……比較する気にもならないです」
未来はまだ十四才。飛び級していなければ中学二年生だ。宇城美帆里は高校三年生。女子のこの四年の肉体成長には大人と子供の差が生まれることが多い。
「それよりも……洗いましょうか。何度か洗わないとイロイロと落ちない気がしますし」
「そうね……これ……ボディーソープって……英語よね」
「ええ、そうですね。英語表記なんてこっちの世界に来て初めて見ました」
普通に身体を何度も洗い……髪の毛もシャンプーなどを繰り返し……湯船に浸かるまでにはかなりの時間が経過していた。
「あーごくらくごくらく……」
湯船には……温泉なのかどうかは判らないが、豊富なお湯が溢れていた。
「本当にそうかもしれませんよ……」
「ええ、そうね……聞いた? ここがどこか」
「メールミア王国のオベニス領と」
「うん。でも……スーパー銭湯よね、ここ」
「はい」
「あと……ちゃんと話が出来るのが判るとあっさり手錠も取られたわ、今、私たちを拘束するものは何もない。気付いていた?」
「はい。服を脱がされるときに確認してしまいました。何故か怪我も治ってますし、まだ完全じゃありませんんが、体調も整っている気がします」
温泉、お風呂、裸だから逃げられないとでも思ったんだろうか?
「あれ、拘束してたのも理性的に行動できるかどうか、精神的に壊れてしまって暴れてしまう可能性もあるから、確認出来るまではって事なんですって。行動を制止させるのに、イチイチ気絶させるのは……子供を殴る、ダメージを与えるのは気分が悪いし、何か後遺症が酷くなったら嫌だからだそうよ」
気遣い。
「ということは捕らえられた……訳じゃ無いということですか?」
「私たちは現在も隷属状態のままだもの……そうなってもおかしくないのよね」
「ああ……そうですね……もしも命令が……ってあれ? 帰還命令は……効いてない?」
「ここ迷宮なのですって」
「迷宮? だ、ダンジョンってヤツですか?」
「そう。その迷宮。で、迷宮は通常の世界と空間が隔絶してるとかなんとかで、命令が弱まるみたい」
「迷宮って暗くてジメジメしてて、天井が低くて、坑道みたいな所でスケルトンとか蝙蝠とかウサギと戦う場所じゃなかったでしたっけ?」
「貴方がどんな迷宮を知っているか判らないけど、ここではそうではないようよ? まあ、ここがどこでもいいのだけれど……命令が弱まってるのは確実でしょ? 意識してよーく自分の中を探らないと、帰還命令が見当たらないわ」
確かに、隷属の術によって心へ常にかけられていた重圧がかなり弱まっていた。
「なので、私たちみたいに……客観的に事象を思考できるのであれば……手枷足枷は必要無いと判断したみたい。アレがあるとどうしても、囚われていることが常に頭にチラつくから」
「そうなんですか……」
風呂を出て、用意してあった新しい服に着替え。当然、下着も新しかった。これまで支給されていた男女共に変わらないゴワゴワした生地のトランクスの様なものではなくて。
ブラもちゃんとあった。所謂スポーツブラってヤツだ。まあ、さすがにワイヤー入りでとんでもない補強が入った現代ハイテク装備みたいなブラは……厳しいようだ。
とはいえ。まず、布が……違う。デザインが若干女性用になっている。サイズも自分に合っていた。自分と宇城先輩では明らかに寸法が違う。ちゃんと用意されている。
……何もかもが「戦乙女」として支給されていたものよりも格段に質が良い。
さらに。何よりも嬉しかったのは、部屋に戻るとそれら一式が五セットもベッドに並べられていたことである。当然の様にベッドは新しいシーツでメイキングされていた。
その上。トイレに生理用品がキチンと用意されていた。ソレ用のゴミ箱も置いてある。使用しても問題無いということであろう。
着替えを備え付けのタンスにしまうと、テーブルに用意されていた食事に口を付けた。若干冷めているスープにパンを入れた食べ物は、とんでもなく美味しかった。病人食であろうそれなのに、きちんと味がするのだ。小鉢のサラダ、切り分けられたフルーツも美味しかった。
なぜかいつの間にか泣いてしまっていた自分にビックリする。
「夜まで再度お休みください。体力はまだまだ回復していないようですから。夕ご飯の時間になったら起こさせていただきます。その際、お館様からお話もあると思いますよ」
メイドさんに言われるがまま、ベッドに横になった。久々に入った大きな湯船、足を伸ばしての入浴と、お腹が膨れた反動で眠気に誘われる。未来はそのまま、どうにもならない睡魔に身を委ねた。
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