0313:緊急撤収
まず。敵軍の総数は「戦乙女」が三十三名。騎士崩れや傭兵崩れ、犯罪者上がりの奴隷戦士など寄せ集めを含めて、全部で約五百名だった。ひとつの国に攻め込む数としては舐めすぎの陣容……というか、侵攻軍ではあり得ない。
数があやふやだったのは、交戦開始してからも後続が合流したからだ。なかなか攻め込んで来ないと思っていたら、ただ単に「待ってた」らしい。なんという無計画。
少数精鋭が軍の基本になっているこの世界でも、他国への遠征、侵攻時には最低でも千は要するし、それ以上で攻め込むので無ければさすがに即、撃退されてしまう。
対してこちらの千の騎士たち、必死で急いで集まった騎士たち、王国の混合軍はそのままほぼ温存。死傷者はほぼゼロで収まった。まあ、出番が無かったということなんだけど。
まあ、それだけ……強者以上の存在、四十三人もの界渡り、戦乙女の存在は大きかったのだろう。作戦的に大部分が落とし穴で無力化大成功だったけどな。あーそれにしても腹立つ。
これ、多分、敵には何が起こったか良く判らないだろうけど……生き残ったヤツラは街道沿いに回り込ませた部隊に、ワザと逃がすように言い含めておいた。うちの人たちが本気出せば完全殲滅も不可能じゃ無いからね。
まあ、って指揮官クラスとか将兵くらいのヤツは全て仕留めた。特に、「戦乙女」たちに命令を下していたであろう疑いがあったヤツは問答無用でぶち殺してもらった。
で、ワザと逃がした、逃げ帰るヤツラに伝えて欲しいのは「「戦乙女」全滅」だ。彼女たちは王国騎士団の罠、そして王国の強者の圧倒的な力で全員殺されてしまい、全員が死亡したという噂も持ち帰ってもらう。後日、王都郊外に三十三体の焼死体を磔、晒すのも忘れないようにしよう。
この世界の人には、靄にまみれて落とされた……あの落とし穴は即死系の魔術にしか見えなかったという。さらに、うちの強者であるイリス様たちが個別に「戦乙女」たちを打ち倒すところもチラッと見せている。靄の合間に。純粋に実力で負け、殺された、と思っているハズとのこと。
これで、生き残っていた「戦乙女」たちは死亡ということになったわけだ。
俺と対峙するまで生き残ってくれていた三十三名、落とし穴で捕らえた彼女たちは、念のため魔道具のロープで拘束し、そのまま地下で浮遊馬車に乗せた。足や手の骨が折れているのは「今は」どうにか、我慢してもらうしかなかった。
隷属の術による命令を遂行しようとして暴れられたら止めるのが大変なのだ。
落とし穴用の穴を横に繋げて、戦場となった草原の端、王都側の街道沿いの目立たない岩山の影までトンネルにした。そこから裏街道と呼ばれている道を急ぐ。
戦場では今も、掃討戦が繰り広げられている。このまま、国境まで押し返す算段だったハズだ。
よってこのドサクサに紛れて、彼女たちは最速でうちの地下迷宮に連れ込むことになった。迷宮という空間は、様々な術的な結界などからある程度切り離されている可能性が高い……らしい、多分そう……と言われたから。
隷属の術は「直接音声入力」による命令によって起動する……らしい。今は側にそれを出来る者が居ないハズだ。だが。念には念を入れた方がいいだろう。あと、術解除の方法が無いか探るために時間がかかっても大丈夫な様にすることにしたのだ。
後から現場に駆けつけた女王陛下にそこからの指揮を任せて(丸投げして)、俺たちはイリス様を含め、モリヤ隊三人(浮遊馬車運転手)と共にオベニスへ戻ってきていた。
まあ、ムカついたのと、本当に「命令権」を持つ者の生き残りはいないのか? の調査のためにも、それ以外のモリヤ隊のメンバーには行軍してきているビジュリア潘国の上層部を尽く暗殺してもらうことにした。
王国騎士団の暴走の流れに乗ってもらって、イガヌリオへ侵攻。ビジュリアの本隊、その指揮官を潰してもらう。
クリアーディ女王は頑張ってるけど、国内からビジュリアを掃討している混成騎士団は、多分国境で止まらない。ビジュリア本隊を討ち、これを機にイガヌリオを切り取ろうとするのは明白。
何故なら。本来「戦乙女」に討ち取られるハズの戦力が全く欠けなかったからだ。
そして更に。今回の戦で最も功績を挙げたのは、当然、オベニス領主、イリス・アーウィック・オベニスである。開戦後のわずか数分の内に敵の最大戦力「戦乙女」を全員討伐したのだ。
更に王国に厄い無きよう、呪われぬように、死体を隔離し、完全に処理してから晒すという。呪われると噂され、忌み嫌われている「戦乙女」の処理を一手に引き受けたことになる。
それを出来る者が他にいたかどうかは別にして、強者とはいえ、たかが「女」領主に圧倒的にしてやられたのだ。
都合良く、敗走する潘国軍。掃討戦は味方に被害が出にくく、勝ち戦の御褒美の様なモノだ。しかもこの後、なぜかオベニス勢は掃討戦に参加しないという。
これで、失態を取り戻そうとしない
しかしこれ……。
言うまでも無いけど……召喚した界渡り、「戦乙女」を丁寧に育てて、小出しにして、国中に分散配備。それを徐々にイガヌリオ連邦侵攻へ向けて着実に進めていたら。それこそ、侵攻軍の要所に配置していたら。彼女達に休息を与えながら侵攻したら。王の周りに親衛隊としても配備していたら。もっともっと違ったら、もの凄いことになっていたかもしれない。
何よりも人数が多過ぎだ。
武器が限りなく一流でも、使う者が足りなければどうにもならない……っていうことの典型例、もしかしたら今後の歴史書に「ことわざ」として残りそうな勢いで、馬鹿さ加減を表す行動だったと言えるだろう。
何しろ。界渡り四十三名を要して敗北しただけでなく。要の界渡り「戦乙女」全員を失ったのだから。
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