0297:行きます

「さて……モリヤ。もう少し落ち着け。どうする」


 イリス様が振り返った。まあ、気付かれてるよね……。ここまで漏れてれば。


「行きますし、やりますよ? 界渡りに対する扱い……俺の同郷の者達への扱いとしては最低最悪状態です。放っておいてもこちらへやって来ている様ですから、オベニスとしても黙ってはいられません。いますぐに追い込まれる事は無いとしても……いつかはやってきますし」


 手が。机に置いた手が震える。言葉を口にすればするほど、怒りが漏れ出してしまう。


「いえ、やはり……何よりも、個人的に許せるワケが無いでしょう? 多分、既に……「戦乙女」彼女達は心身共にボロボロなハズです。正気を失っている者も居るはずです。ミルベニさんが言っていた情報と、オーベさんから聞いている知識や、こちらでも調べて上がってきている情報を合わせて考えれば、彼女たちは俺と同じ世界、国から召喚された可能性が非常に高い。同じ世界の女子学生……と考えれば、人に剣を突き刺して「普通」で居られるような心構えが出来ている娘なんて一人も居ないはずなんだ。というか、彼女たちよりも遙かに年上で、大人で、人生経験もあるはずの俺だって……この世界に慣れるには時間が必要だった。しかも今も慣れてない。段階的にこの世界に馴染んだ……というだけで。それだって……あんなに辛かったのに。許せんス」


「……これは……本気で怒っておるな?」


「ええ、オーベ師……アレです、こないだ言った、モリヤを怒らせるとってヤツです」

 

 ……そんなにアレだったかな……。王様虐めたとき。


「……多分ですが……征服国で「背教者」アーガッド王に倒された最初の五名。弱かったのではなく、戦う気もあまりなかったんじゃないでしょうか?」


 俺が思う通りなら。既に彼女達は限界を超えているハズだ。主に精神的に。この世界の人達には理解出来ない部分かもしれないけど。当たり前の事だしね。その辺。


「?」


「召喚されて、剣を持たされて、戦闘に明け暮れて。まともな命令が下されていたとは思えないですし。何も考えずに唯々命令に従うか……もう、何もしたくなくなって蹲るか。状況的にそのどちらかだったのでああいう結果になったのではないかと」


「隷属の術……で強制的に敵を殺し続けさせられているということだな」


「オーベさん……彼女たち……を止められますか?」


「動けなくする……ということか?」


「ええ。その状態なら話は出来ますよね? あと……術を掛けることもできる」


「隷属の術は命令する者が必要となる。今回の場合、召喚したビジュリアの潘王じゃな。だが、ヤツを殺せば全てが終わるわけではない。王の命を引き継ぐ者が何名も用意されているハズじゃ」


 まあ、なんて厄介な。だが、仕方ないか。基本、命令者として登録された者の音声によって命令するんだろうし。


「まあ、それとは別の話になるが、王は早々戦場、特に最前線へは出ない。なので、その命令権は現場指揮官が持つ事になる。細かく状況を設定して、命令を複雑にすれば、完璧に動けるようになるのかもしれないが、大抵は曖昧な命令しか行わない。多分……これだけ隷属した者が居れば、「お前とお前はこちらの戦場へ。命令は指揮官の××の言う事に従え」「お前はこっちの戦場へ。命令は指揮官の△△の言う事に従え」という感じじゃな。この程度の命令……いや、現場指揮官が死んだ場合、どういう行動を行うかの命令が無いと、命令されていた者は上位の命令者の指示を仰ぐしかなくなる。なので、大抵は撤退行動に移る。その際に確実に隙ができるので余裕が生まれるはずだ。さらに言えば。気を失うとどうしても命令は関係なくなる。戦場で気を失うという事は即死を意味するからな。そうそうそんな状況にはならないが」


「気絶ですか。なら……うん。うちの人達でいけますかね……」


「「戦乙女」の数が多いのと、どこまでの強さなのかが判らんからな……だが……他の騎士団や傭兵団、強者に比べれば可能性は高いじゃろうな」


「判りました。なら、気絶させて拘束して即移動……その線で考えておきます」


 イリス様の目を見る。


「申し訳ありません。私情でオベニスを危険に巻き込む可能性があります……」


「ん? そうなのか?」


 イリス様……。


「問題無いだろう。強者を拘束し、倒しやすい潘国だったか? そこの兵や傭兵を排除するという作戦なだけだ」


 ファランさん……でもですね。多分……。


「婿殿は、召喚されたその「戦乙女」たちがうちの者たちと互角の力を持っていた場合、殺してしまった方が話が早いのを、面倒なやり方を選択させた、すまない、ということじゃな」


 ミモフタもないけど、そうです。オーベさん。


「問題ないじゃろう。その「戦乙女」たち一人一人が……例え我が君と同等だったとしても。召喚されてからここまで、戦場を転戦させられ続けている。婿殿の言う通り、疲弊は確実じゃ。五人もいて、征服国に殺されたというのが全てじゃな」


「そう……ですね」


「ああ。我が君であれば……一人でも……征服国如き潰せるのでは無いか?」


「さすがに一人だと……時間がかかる」


 そうだね。うん、残念ながら彼女たちは本来の実力、能力は一切発揮できない状態で、ここへ攻め込んで来ている……。捕獲できるハズだ。


「ああ、あと、その隷属命令だがな……古の術で、遮断結界という……魔術による隔離された結界を生み出す術がある。その中に隷属状態の者を入れて、命令者から隔離すると、命令が届かなかった……という記録を見たことがあるな」


「隔離……ですか」


「同一空間にいると命令に従わなければいけないと判断してしまうんだろうな。元々そういう呪いの様だ」





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