0259:モボファイ鉱山のドガル⑤

「ああ、そういえば。ヤツからの指示にアレがあったな……」


 ファランはそう言うと、使用人に何かを言付ける。しばらくして折り返してきた使用人は、瓶を手にしていた。


「これはモリヤが自分がオベニスに戻るまでに、ドガルに試しに飲んでおいて欲しい、帰ったら感想を聞きたいと言付けてあった、新種の酒だ。私も飲んだが……正直、これは酒……と言って良いのか良く判らんし、旨いとも思えなかった。あまり期待せずに飲んでくれ」


「はい」


 綺麗なガラスの瓶だった。これほど綺麗な瓶は……見たことがない。中身がなくともこれだけで価値がありそうだ。あと、この瓶を止めている栓の部分……木かと思ったら、若干柔らかい。キュッと閉まるように押し込むことで、密着し、中身が溢れないようになっている。


 よく出来ている。何よりも美しい。無色透明な中身と相まって、非常に神秘的に見える。


「飲んでみてもいい……ですか」


「ああ、ソレ用のグラスもある」


 使用人は瓶をファランさんに渡した後、既に用意していたのだろう。四角いガラスの器を持ってきた。


「が、ガラスの器……ですか」


「ああ、実はさっき飲んでもらったワインもこれではないが、ガラスのグラスで飲むとさらに旨いのだ。まあ、あれは割れやすいし、気後れするやもしれないと思って、食事の際は普通に木のカップで飲んでもらったが。モリヤ的には譲れない部分だそうだ」


 ドガルはそれを手で持ってみた。思ったよりも厚手で重さもある。透明で冷たくてツルツルしているのに……何かしっくりくるのがたまらない。なんだ、これは。ガギルの本能が……激しく揺さぶられていた。


 食事とはこういうことなのか……と先ほどの気付きに引き続き、こ、このグラス、そして今注がれるこの酒……。あまり旨くないと言っていたが……。


 注意深く、一口。喉に含む。


「ドガル、ドガル、どうした? 大丈夫か? おい」


 ドガルは……本当に意識が遠のいていた自分に驚いていた。手の中の酒を……一口。口に含んだ瞬間に……何かが弾けて……何も考えられなくなって、何も見えなくなって……。


 いつの間にか時間が経過していたようだ。


「こ、これは……」


 二口目。自分でも良く判らないうちに、ポロポロと涙が溢れていた。


「これは……なんで、なんですか?」


「あ、ああ、モリヤは新種、これまでよりも酔いやすい強い酒……だとは言っていたが」


「これが……酒? 酒……酒だ。そうか。これか。ガギルはこれを……待っていたのかもしれません」


「それほどか? というか旨いのか」


「はい……何もかも忘れてしまうくらいに……」


「ああ。確かに尋常では無いな……かなりの瞬間、動きが止まっていたぞ? しかしそうか、それは良かった。やはり、味覚自体も種族で違うのだな。では、それを何本か渡しておこう。周辺の鉱山へ事の顛末を説明する書簡を送らねばなるまい? 手土産に、金属の鉱塊とその酒を送って、我々は大丈夫だというのを説明しておいて欲しい。ガギルを攫ったと評判が立ってしまったら、マズいのでな」


「は、はい。あの、自分たちが飲む用は……この一本だけで……」


「ははは。もしもそう言われたら、樽で渡せとモリヤが言っていたよ」


「あ、ありがとうございます!」


 ドガルは、自分だけがこれを飲むのはどうしても許せなかった。同郷の者たちは当然として、それ以外のこの酒を知らないガギル全員に飲ませたいと思っていた。それが……自分の使命だ……と思い込んでしまうくらい強い衝動に揺さぶられる。


 それくらい……この新種の酒はガギルの魂を激しく刺激した。その日のうちに……ドガルは近隣の鉱山二つと、自分たちの出身、大元になった村、イーズ森域南の大鉱山へ……使いを出していた。


 オベニスにいるノルドの冒険者が差配し届けてくれるという。



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