0258:モボファイ鉱山のドガル④

 領主館の食堂に、食事が用意されていた。スープとパン、そして肉。果物も置いてある。さらに、そこに酒がグラスに並々と注いであった。麦ではなく、果物から作られたその酒は、ワインと言うそうだ。


「うまい……」


 ガギル族は食に対して無頓着な種族だ。大抵は芋を蒸かして食べるが、仕事が佳境になってきたら、生のまま囓る。エールを口に含み、芋を囓る。そこに味がどうとか、うまいとかマズいなんていう感情は発生しない。必要だから食べるのだ。


 唯一、好きで口にするのは酒……主に麦からできるエールだけだ。ガギルはエールで出来ている……と言ってもいいだろう。ガギルは全員、エールを作る。ノルドから麦を買うのはそのためだ。


 だが。このオベニス領の食事はそんなドガルたちの常識を遙かに超越していた。食事とは……こういうことを言ったのか……と納得ができる。初めて、生まれて来て初めて「うまい、おいしい」という言葉が、自然に口から零れてしまった。


 柔らかいパン、固いパン、どちらも食べても食べても美味しくて、やめられない。様々な野菜を煮込んだスープは非常に複雑な味でピリッとした香辛料が甘みを引き立てている。そして……なんの肉かは判らなかったが、ただ焼いただけに見えた肉。当然、ドガルも動物の肉は食べたことがあったし、魔物の肉も食べたことがあった。が。この肉は……ただ焼いてあるだけじゃないだろうというのが判った。さらに、その上にかかっているソースがとんでもなく美味しい。


 目の前に置かれている食べ物は数種類にも関わらず……ドガルはかつて無い程の満足感、多幸感、全能感を味わっていた。なによりも、それらを食べながら飲むワインが……おかしいほど旨い。酒とはこんなに旨かったのか? 冷えたワインが止まらない。


 副領主のファラン様? に遠慮無く食べて良いと言われたため、ついつい食べ過ぎ、飲み過ぎてしまった。というのは、ドガルだけではなかった。食堂に居た全ガギルが、全員同じ様な、椅子から立ち上がれない状態になっていたのだ。


「ああ、ファラン様、申し訳ありません、正直、かなり……みっともない、いや、なんというか……動物のような卑しさとはこういうことを言うのではないでしょうか? ガギルは誇り高き種族のつもりでしたが……」


「いや、何も問題は無いよ。今、ここに居るのは私だけだし、これだけ気持ち良く食べてくれれば、料理人たちも作ったかいがあったというものだ。確かに……ヒームのうるさ型に知られれば、マナーがどうだとか言ってくる可能性はあるが、ヒームだって数百年前は焼いた肉を手掴みで齧り付いていたのだ。逆に、ガギルはあまり食に興味がないと聞いていたからな。味が口に合わなかったら申し訳ないなと思っていたくらいだ」


「……凄いです、こういうものが食事というのですね……」


「ああ、そうらしい。というかな。実は味の方は……モリヤ任せだ」


「お館様が……食事も?」


「ああ、ヤツはイロイロと工夫するのが好きでな。今日出した食事はどれも元々はこのオベニスで食べられていた定番のメニューなのだが、パンもスープも、焼き肉も。全ての味が非常に複雑になっている」


「ええ、スープが……野菜の味で甘いのに、ピリッとしてることですか?」


「ああ、そういうちょっとした工夫だな。その辺は全てモリヤ発案のモノばかりだ。特にワインは……昔からあったはあったのだがな……ヤツが口出しするようになってから、途端に、味が洗練された」


「洗練?」


「んーまあ、簡単に言えば、格段に旨くなった。酒など趣味があるからな。どんなに良い酒を造っても、全員が同じ様に旨い……とは言うまい?」


「ええ、そうです……ね」


 ドガルは食事自体が良く判らないとは言えなかった。


「だが、このワインは……誰が飲んでも旨いという。モリヤに言わせてみれば、丁寧に作って、雑味を除いた……ってだけだそうだが」


「あの、お館様は……奇跡の癒しだけではなく料理や酒造りの才能も……?」


「ん? 奇跡の癒し? というか、正確には、ヤツはキミらに何をしたのだ?」


 ……詳細が伝わっていなかったらしい。ドガルは、ノルドの集落で自分たちに施された奇跡を詳細に説明した。


「そうか」


 ファラン様は少し嬉しそうな顔をしてはいたが、別段驚いた様な素振りは見せなかった。


「あの、ヒームの癒し手は皆……お館様の様なことが……」


「出来るわけがない。誰一人としてな。そうだな。ガギルやノルドの癒し手とそう変わらないいや、魔力量的にかなり劣ると思うぞ。使える術の種類も、回数も、効果も」


「ああ、ではやはり奇跡で……」


「うん、イイと思う。それは確かに奇跡としか言いようがないしな。ただ、モリヤはあれで、常日頃、目立たない様に気をつけていると言い張っているからな。おかしくてな」


「あれで……あまり有名になると狙われたりするからでしょうか?」


「まあ、それもある。だが。うーん。根っから嫌いみたいだぞ? 目立って威張るみたいなことが」


「はぁ」


 ドガルは良く判らなかったが、まあ、自分たちの恩人であり、既に主人が、奇跡の癒し手であり、これほどスゴイ食事、酒を生み出した張本人であるというのは、非常に喜ばしいことだった。



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