0256:モボファイ鉱山のドガル②
……何度も。
ある程度症状がよくなるまで……いや、彼の言ってることが耳に入ってきたドガルは己の耳を疑った。
彼の言葉をつなぎ合わせると、「治る」まで、癒しの術をかけ続けているということになるのだ。
毎回、傷口の箇所や、熱病、骨折など、症状に遭わせて、術を重ね掛けしている……様だ。容態に合わせて何度も、何度も、こまめに術を使っている。確かに……そうすれば、この短時間で治すことも可能なのかもしれない。
が。自分の知っている癒しの術者、癒し手は……一日に大体、五回くらい術を使用すると、顔色が悪くなり、それ以上無理をすると大抵倒れてしまう。モミアに行われた施術だけで一体どれほどの回数、癒しの術が使われただろうか? ドガルの気持ちは最大の感謝から大いなる畏怖へ切り替わりつつあった。
伝説とか伝承で伝わる癒し手は偉大なる王が片腕を失い、瀕死の事態に陥ったとき、その命を助けた……とあるから、さっきのモミアを救ったのと同じだ。だが、この伝説の癒し手はその後、使った力の反動で命を落としている。
目の前に横たわっていたガギルは二十一名。その全てに癒しの術がかけ終わるまで数時間。たった数時間。だが、目の前のヒームは、その全員を「治して」しまった。命が危ない状態から救った、のではなくて、「治した」のだ。
そして……その数時間、癒しの術はほぼ使い続けられた。誰にそんなことができるだろう? 魔力がどれほどあればそんなことができるのか? というか、あの術は、自分たちの知っている癒しの術ではないのではないか?
ドガルは既に、目の前のヒームに対して対等に話が出来る心持ちではなかった。自然に頭が下がってしまう。これが、この感情が畏怖であり、尊敬であり、そして服従……なのかもしれない。と思い始めていた。
その後も、モリヤ様の行動は素早かった。次の日には場所を移動すると言い始めた。
ノルドの集落に多大な負担を掛けていることは判っていたが、そこまで切羽詰まっていたとは思わなかった。確かに、もしもノルドの民が50名近く、うちの鉱山に避難してきたら。最初の数日は問題無くとも、蓄えはすぐに底を付き……これほどの日数、もてなすことは絶対に出来なかったハズだ。
ガギルの狩猟能力はノルド以下だし、採取や栽培などの能力もノルドに劣る。ノルドから手に入れた麦はほとんど酒に変わってしまう。最低限の腹が膨れるだけの芋があるくらいだ。栽培が簡単とはいえ、これもそれほど貯蔵されているわけではない。
モリヤに従い、ドガルたちモボファイ鉱山のガギルはオベニスに移住することになった。
集団で拐かされる……という思いがないわけではなかった。
が、目の前で奇跡を見せつけられたため、如何に頑固で融通の効かないガギル族でも、心の底から感謝し、主となった者に付いていく覚悟だった。ほぼ全員が奴隷でも仕方が無いと思っていたようだ。
イーズ森域と呼ばれている、長年引きこもり暮らしてきた森を北へちょっと進んだ辺り。
凄まじいことに……モミアですら、自分の足で歩いてここまで来た。余りに心配で半分くらいの距離は自分が担いでしまったが……。
ノルドの集落からここまで……数時間はかかっている。平坦で歩きやすい道ではない。当然、寝込んでいなかった者が寝込んでいた者を背負うつもりでいたのだが。
昨日の施術で……今日朝起きた頃には全員が、意識もハッキリとして、話し、歩き回り、倒れる以前と変わらぬ行動を取ることができていた。
まあ、寝込んでから何年も経過していたわけではないので、傷さえ、病さえ癒えれば……ということなのかもしれないが……これがあり得ないスピードで治療され「治った」ということなのだろうか。
ただ、さすがに、モミアは疲れ始めている様だった。そのため、この休憩はありがたかった。
「モミア、無理はするな? 大丈夫だな?」
「うん、大丈夫」
傷は癒えても、モミアは右腕を失っている。命が助かって良かったと純粋に喜んでいたが、彼女にしてみればそれまであった腕が無いのだ。左手は常に、失った右腕の傷跡を撫でるように触っている。
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