0255:モボファイ鉱山のドガル①
正直……ドガルは最初は考えが追いつかなかった。ヒームと言えば人攫いしか知らないガギルにとって、彼らは忌むべき種族で有り、極力関わり合いにならず、避けるのが普通だ。
実際に家族が被害に合った者はその姿を見たくもないと大きな声で罵ることも多かった。
ガギル族は短絡的で喧嘩っ早いが、戦争や殺人など、とことんやり尽くすのは好きではない。まあ、即殺したいと思うほどではないが、ヒームは好きにはなれなかった。
謎の黒い靄にやられたと逃げてきた妹や他の女たちを引き連れて、道案内が出来る自分はとにかく急ぐしか無かった。
ドガルが知っているのは行商、交易を行っているノルドの北アビン集落くらいだ。古の盟約にすがって、そこへ逃げるしかなかったのだ。
ノルドの集落に駆け込み、さらに、ノルドの癒しの術の使い手に治療してもらっているにも関わらず、傷を負った者が多すぎて、状況はさっぱり好転しなかった。というか、徐々に悪くなっているのが誰の目にも明らかだった。
特にドガルは怪我人の中で一番重症なのが妹のモミアなのも、心が軋む思いだった。モミアは右腕を失い、その部分が腐り、それが原因で熱も出ている。骨が折れているのも一箇所だけではない。
ガギルの癒しの術の使い手は魔力をギリギリまで使い果たし既に寝込んでいた。ノルドの癒し手も頻繁に訪れてくれていたが、ここにいる者を何とか生かしておくのがやっとな状態だった。さらには薬草の在庫すら、切れてしまう。いま、集落の外へ採取に行けるのはドガルだけだ。
採取の準備をしていると、この集落の長、バガローンが呼んでいると使いが訪れた。この集落のノルドには、盟約以上に世話になっている。蔑ろには出来ない。
何故ノルドの集落にヒームが居るのかわからなかったが、そいつが極普通に話しかけて来た。
ドガルは引っかかる部分が無い訳ではなかったが、癒しの術を使える……というので、自分たちに与えられている洞窟に案内する。
足の踏み場も無い状態で、怪我人と病人が横たわっていた。この十数日で見慣れてしまっていたが、ここは、いつ見ても惨状としか言いようがなかった。
そのヒームは迷わず、この場で一番症状が重いと思われるモミアの診察を始めた。
ドガルはここで初めて、このヒームから、逆らいがたい何かが溢れ初めているのに気が付いた。
将来の長として、鍛冶も採掘も行商も、さらに魔物との戦闘も、全てにおいて鍛えてきたハズだった自分が、怯えている? 簡単には納得できなかった。気のせいだと思いながら、施術を見守る。
目の前で起こっている奇跡が……最初は信じられなかった。
みるみるうちに、自分の目の前で傷口が綺麗に整っていく。斬り落とされ、爛れ、膿んでしまって酷い匂いを発していた妹の右腕が、綺麗に……何が……と思っていると、いつの間にか熱病まで治っているようだ。
つい、ほんのついさっきまで、腐っていたのだ。モミアは既に、生きておらず、腐り、朽ち落ちて行く寸前だったのだ。ダメ押しで朝、様子を診察したノルドの癒し手に、明日は無理ではないか……と言われたばかりだったのだ。それが……。
そもそも、癒しの術は傷の治療が主な使用法だ。切り傷であれば、普通なら10日かかるモノをその半分、5日程度で治してしまい、さらには数日癒し続ければ、その傷口すら消し去ってしまう。それだって凄まじい効果だ。
その分、ノルドやガギルなど、ヒームよりも魔術の得意な種族であっても、癒しの術を使える者は稀少で、大抵の場合、高額なお金やそれに替わる何か代価を支払うことになる。
その稀少な癒し手が死力を尽くして術を使い続けてくれたにも関わらず、救うことが出来なかったハズの命が……目の前で繋がったのだ。
既に風前の灯火と思っていた、いや、事実そうだったモミアが目を開けて、自分を見て、言葉を発した。意識が……戻ったのだ。
「あ、ああ……」
さらに、そのヒームはモミアだけでなく、癒しの術を何度も使用した直後にも関わらず、意識のない重症と思われる者から順番に癒しの術を施し続けた。
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