0254:酒造

「ゲンズバーグ……いる?」


「モリヤ様! また何か新しい酒の仕込み方法を思いつかれました?」


 彼はゲンズバーグ。酒造職人だ。確か24歳。だったはず。真面目なんだか違うんだか良く判らない顔をしている。なんていうか……飄々としているというか……。元々、新しい酒を造ろうとやり過ぎて、エールとワインのお決まりの酒しか造らない実家を追い出されたという。


 しばらく放浪して周辺国の酒造所を巡っていたんだそうだ。大氾濫が発生したとき、全滅したシャーニムの酒造所で働いていて、他の避難民と一緒にオベニスに避難。新市街に住み始めたところをゲットした。


 酒に関して詳しくて、新しい試みが好きな人間がいないか? と探してもらったら、彼を紹介されたのだ。戸籍登録制度万歳! って感じだ。

 

「いやいや、そうそうネタは無いよ。それよりもあの酒じゃない、超マズ蒸留酒。量産しておいて」


「え? あれは飲めないって言ってたじゃ無いですか。作ってる俺自身も旨いとは思いませんでしたが」


「ガギルの人たちはアレがいいんだってさ」


 酒造所というか、この酒造研究所的なこの場所はかなり蒸し暑い。匂いもなかなかキツイのだが、気にしていないようだ。一カ所でいろんな酒を造りすぎなんだよな。実験と称して素材もイロイロ使っている上に発酵とかもさせてるし。


 でも基本、一つの場所では一つの酒にしないといけないんじゃなかったっけ? 移動が大変だけど別の部屋、別の建物を用意するか。こういうとき、迷宮だと便利だよな。俺のサジ加減一つですぐ変わるから。土蔵というか、酒蔵系の建物もあったはずだから、幾つか建ててしまおう。後で。


「判りました。一台はアレ用に回しておきます」


「その他の酒の調子は?」


「まずますですね~なかなか上手いことはいかなくて」


 彼には魔術による守秘契約を結んでもらっている。まあ、領の極秘事業を行っているから仕方ないんだけど。


 別にそこまでのものじゃないんじゃ? と思っていたけど、俺の知識を実現する場合は尽くちゃんとしておかないとダメだとファランさんに厳重に言い渡された。現状、ガギル族対策に使えると判った以上、契約しておいて良かったということになる。


 まあ、この守秘契約、うちの領以外で酒の事を話そうとすると……蛙になってしまうという、ファランさんの趣味丸出しな術だ。ちゅーかさ、これ、ある意味奴隷契約に違くない? と思ったけど、その分、支給される給料がバカ高く(庶民にしては)本人の了解があれば何の問題もないという。そうなの? 人権とか……まあ、いいか。


「それよりもこの蒸留器、もっと大きなモノが欲しいんですが。一気に大量に蒸留できるように」


「ああ、それならガギル族の鍛冶師が手伝ってくれることになったからな。多分……自分たちの好きな酒を造るためと聞いたら、一番最初に仕上がってくると思うぞ」


 俺の覚えていた蒸留器は、TVで見た、俺が手を広げたくらいのサイズのヤツだ。実際の海外酒造メーカーが使っていたモノだと思う。


 目の前にあるのはそれに比べれば非常に小さい。ミニチュアサイズと言っていいだろう。原理的な部分も覚えていた、フラスコとガラス器具を組み合わせたヤツを図面に起こして作ってもらったのだ。


 多分、この蒸留装置よりも大規模で画期的なモノがあるハズなんだけど……覚えてないし、知らないし。その辺の創意工夫はゲンズバーグに任せることにしよう。


 ってアレ? そういえば……揮発性を大いに感じる酒……ってアルコール度が異常に高いってことで、消毒用のアルコールに使えるってことなんじゃないの? アレ? エチルアルコール、エタノールって原材料が違うんだっけかな? くそう。自分の知識の無さが身に染みる。


 まあ、度数が高いのは確実だから、ガギル族が如何に丈夫でも、あまり取り過ぎるとやばいだろうから規制はしないとだろうな。月に、ガギル一人に付き一本までとかの配給制にするか。


 というか、ガギルは技術顧問にして、新しい蒸留装置の実際の作業はヒームの鍛冶師にやってもらおうか。ガギルは武器防具に集中……だな。




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