0243:イーズ森域北アビンの長、バガローン①
ガギル族は強情で義理堅く、手先が器用で、鍛冶や細工仕事に関しては最上の種族と言われている。実際に名剣、魔剣、伝説の聖剣などは、ガギルの名工の手に依ることが多く、逆に他の種族の鍛冶師では名剣を生み出すことは出来るが、魔剣、聖剣は難しいとされている。
そもそも、ガギルは名も無き大地の神が生み出したと言われている。ハイノルドとノルド、ヒームは癒しの女神が。
だが、ヒームは最後に生み出された残りカスとも言われており、同じ神から創造されたにも関わらず、自らの強欲により、ノルドから嫌われている。当然、生まれの違うガギルからもだ。
ノルド族は遥か昔、ガギル族と盟約を結び今に至っている。それはここ、北アビンと呼ばれる集落でも当たり前の事として受け入れられて来た。近隣……というか、一番近くのガギルとはかなり昔から交流がある。
ガギルはその卓越した技術で主に金属製のあらゆる物資を作り、行商を行う。持ち込まれた側は鏃やナイフ等の武器から、ベルトの金具部分、留め金、鍋、やかん、釘、生活に必要なモノを買ったり、物々交換で手に入れる。
値段は異常に安い。鉱石の原価らしきモノにほんのちょっとの利益を載せただけだ。物々交換が主になる事も多い。
ガギルは商売が苦手……というか嫌いなのだ。鉱山の周囲に作られた村から外へ出たいとも思わないらしい。盟約や恩や昔の馴染みくらいしか相手にしない代わりに、あこぎな行動も取らない。
北アビンの長、バガローンが今使っているナイフは、行商を担当しているドガルが作ったモノだ。彼は村では次の世代の長として期待されている若手なのだが、未だ鍛冶職人としては、行商を任せられるレベルでしかない。
彼らは商売を嫌うため、中堅の職人に修行の一環として行商を押しつける傾向にある。何よりも金勘定が面倒なのだという。まあこれは見栄っ張りで尊大な変わり者が多いと言われるノルドも似たようなものだが。
ドガルが中堅。それはガギル族の中での評価だ。バガローンはこれを5000Gで買った。正確にはそれ相当の麦袋と交換した。が。このナイフをヒームの街で売り、そのGで麦を買えば、十倍の麦袋を手に入れられる。そういう上モノだ。
当然、それはドガルにも話したが「ヒームの街など近寄りたくない」と彼は笑う。ノルドもガギルもだが、ヒームには良い思いがない。ノルドは愛玩用の奴隷として、ガギルは職人奴隷として、攫われる事があるからだ。
「大変なことになった」
と、ついこないだ行商に来たばかりのドガルが、途中で折り返したようなタイミングで再訪した。そもそも外部に接触したくないガギルが慌てて、戻ってきた。これは一大事だと判断する。
「村が襲われた。男はほとんど女を逃がすために死んだ。逃げてきた女も怪我をしている。重傷のヤツもいるんだ。すまない、助けてもらえないか」
「判った」
ガギル族の男は三人。ドガルと後はまだ子供だ。それ以外に女が五十五人。半分は他の者におぶわれてつれて来られた様だ。癒しの術を使える者を呼び集めるようにも指示する。
バガローンは避難してきた人数の多さに内心驚いていたが、まずは周辺のノルドに連絡の伝令を飛ばした。これだけの人数になると、北アビンだけでは、いや、イーズ森域の北のノルドだけでは、面倒を見きれないハズだ。
癒しの術を使える者は少ない。北アビンの二人、そして、しばらくして北にある、あと三つのノルドの集落から、物資と共に癒しの術士も数名到着して施術を開始した。
が。思っていたよりも状況は良くない。ドガルが言ったように重傷者がいる……なんてレベルではない。瀕死の者が一名。そして身動きできないレベルの重傷を負っているのが五名。さらに、横になったまま動けない者が十名、病気になっている者が五名……これはここ数日、癒しの術を必死で使い続けたにも関わらずの結果だ。
「……癒しの術が……効きにくい気がすると?」
「ええ。来てもらった術士がそう言ってます」
「厄介だな……」
バガローンの心配は覿面に、現実として状況を圧迫し始めている。古の盟約にあるように、緊急時にお互いに助け合うのは当たり前だ。だが、それが長期間続くとなると非常に困ったことになる。まあ、ただ単純に、余裕がないのだ。
ノルドは森に生きる狩猟民族だ。魔物や動物を狩り、その肉を食べ、皮を剥ぎ鞣して、革製品を作成したりもする。森の恵みの採取も行うし、それらを使って交易も行う。
農耕、農業は……やっても極小だ。森の中に暮らすため、稲作や畑作の出来る土地や日当たりが無いのが最大の原因だが、種族としての性質なのかもしれない。小規模な菜園なども存在しないのだ。当然だが、キノコ類を栽培繁殖させて定期的に採取する……なんてことも行われていない。
狩猟民族は……獲物の数にもよるが、大抵、生活に余裕を持つ事ができず、蓄え、貯蔵している食糧などは非常に少ないのが当たり前だ。
集落全体で考えて、少々余裕があるように……とは考えて狩りを行っている。だが、それ以上にはなかなか上手くいかない。無理をすればすぐに、狩人の数は減ってしまうのだ。
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