0239:御業

 案内されたのは、集落の奥。大きな洞窟……だった。ここは太古の昔、ノルドが暮らし始めた時に住居として使われた場所で、現在は倉庫として使われていたらしい。


 ざっと見て……二十名程度のガギル族、ほぼ女性が横たわっている。ベッドなどない。砂の地面に毛皮やゴザ、厚めの布の様なものを敷いてその上に寝ているのだ。


 これは……純粋に病室に使うのは厳しすぎる。というか、洞窟の奥に湧き水、泉でもあるのか、妙にひんやりしていて、湿気を感じる。こんな入ってすぐに病人が集められているのは、奥へ行くほど湿っぽくて生活に向いてないんじゃないだろうか? 


 世話をしているのは三十名……程度か。小さいガギルの女の子もいる。というか……逆に男がいない。さっきのドガル……だけなのだろうか?


「重い傷の方は……」


「一番重いのはモミアだと思うのだが……」


 手で指示された床には……まだ若いガギルの女性が横たわっていた。これは……右腕を失ってしまっているのか。


「右腕を?」


「ああ。斬り落とされた。本人も判らないまま、いつの間にか斬り落とされて無くなっていたようだ」


 横たわっているモミア? は意識が昏倒しているようだ。何か呟いているようにも見える。これはちょっとヤバイかもしれない。


「傷口を見せていただいても?」


「あ、ああ……」


 ちょっと躊躇したが、側にいた他のガギルの女性に目で合図をする。モミアの着ていた服、まあ、傷口部分は布を重ねあてただけの様だが、それを剥がしていく。


「これは……」


 右腕の肘のちょい上……から先が無かった。さらに明らかに化膿して、半分腐っている。壊死している部分も……かなり大きい。癒しの術を満足に使える術者がいなかったのだろうか? この色が変わってしまっている右腕が原因で発熱しているようだ。明らかに、合併症を起こしている。


(癒しの術を使っても……ここまでということは、元の状態はもっともっと酷かったはずです。これでも術者は命を失う寸前まで術をかけたことでしょう)


 そうなの……か。まあでも、治さないとな。何か言われたとしても、どうでもいいや。


 何も言わずに、施術を開始する。


 まず、どうにも酷いのは傷口だ。化膿している部分を正常に癒やせるように、ばい菌を含めて、いらない菌を排除するイメージを展開する。そして赤血球を含め、人間の治癒力を促進するようなイメージを強力に念じる。腕の根元の方、正常な細胞を増幅させて、それを傷口の方へ伸ばしていく。複雑に折れたようになって、歪んでいる骨を真っ直ぐに、在るべき形に修正していく。筋や神経なども忘れない。


 別に、抽象的で良いのだ。小学生の保健体育で習ったような稚拙な知識でも、与えないよりは遙かにマシだということは検証してある。


 肘の付け根の辺りまで紫というか、なんとも言えない気色の悪い色に変色していた腕が、通常の、健康な色を取り戻していく。


「あ、あ……」


 誰かが気づいた様だが、お構いなしで、さらに治っていくイメージを伝えていく。怪我をしてから時間が経過していることと、合併症などで身体全体が弱まっているのが致命的だ。というか、よくここまで保ってたな……ああ、そうか頑張っていた癒しの術は無駄ではなかったということか。


 傷口、切り口の辺りに肉が盛りあがって、埋まっていく。俺が元の世界でTVで見たことのある、パラリンピック選手の腕の切断面に近い感じでまとまったと思う。


 あとは病気……か。これはもう、本人の自然治癒力を高めていくしかない。点滴液に薬品を混ぜて注入されたことを思い出して、血管内に直接抗体となりそうなイメージして、要素を発生させる。


 医療知識が全く無い俺でも大丈夫なのは、俺が「この血管内に送り込んで問題無い薬品を生成してくれ」と思うだけで問題は排除されるのだ。魔術すげぇ。


 あと、この病気の症状が良くなる、快方に向かう様に、細胞を活性化させる。栄養が足りないと思うので、さっきの点滴液のイメージで、食事が出来るレベルまで回復できるくらいの栄養を補填する。


 ……多分、ファランさんの時と同じくらい……無理をすればこの腕、手先までの欠損部分を回復することも出来るかもしれない……んだけど……。ここで魔力を全部無くしてしまったら、他の人を癒やせなくなる。


 さすがに大事になりそうなのと、全体の治療の事を考えて、欠損修復は考え無いようにしておいた。


 さっきまで半眼で……虚ろだった目が……開いた。


「あああ」


「モミア!」


 呟いた。意識も戻りつつあるようだ。ドガルが抱きしめるように優しく肩を抱く。モミアは弱々しいながらも、身体を起こそうとしているようだ。


「モミア、よせ、無理だ、お前は長い間横たわっていたのだ」


「に、兄さん? ここ、ここは……」


 なんとか、なんとかギリギリ間に合ったようだ。





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