0237:怨恨
「ああ、すまぬ。まさか、外交官の代理で、夫とはいえ……ヒーム族が現れると思っていなかったのだ。そもそも、そうか。外交官はヒームの街住み……メールミア王国、オベニス領に属するのだったな……そうか。聞いていたのにな。この可能性は高かったな。ゲイローンは、昔、子供をヒーム族に攫われているのだ……」
「……」
「さっきも言ったように、うちの集落ではヒーム族に対してあまり良く思っていない者が多いのだが、彼はその中でも特に……な」
「それは……仕方在りませんね」
人種差別は良くない……なんて言えるワケが無い。というか、明確に王国の奴隷商人とかそういうことなんだろう。というか、うちの国の新女王陛下にどうにかしてもらおう。攫うのは無しだ。そして厳罰に処してもらおう。
「では、モダラーンさん、ゲイローンさん、私とあまり親密になる必要はありません。単刀直入に、現状を説明いただけますか?」
「あ、ああ。お前達は……その、二人……だけなのか? 外交官からある程度は聞いていないのか?」
「ガギルの流民が少々多くて、お困りだと聞いています。特に食糧と今後の面で」
「ああ。い、急いで来てもらったのは重々承知だ。外交官へ陳情できたと報告が届いたのもつい先日だしな。しかも森の中での連絡でだ。この速さは正直ビックリした。非常にありがたい。だが……その馬車とはいかないが、荷車くらいは……あと、人数も……と」
「その辺はお任せ下さい。イロイロと面倒になりそうだったので、私が来ました。とりあえず、ガギル族の元へ連れて行ってはもらえないでしょうか?」
「連れて行くのか?」
ここで初めて、ゲイローンくんが口を開いた。まあ、そうか。自分たちの集落に怨みの溜まっている敵種族が訪れるなんて悪夢だもんな。
「大丈夫ですよ。私如き、ノルドの狩人の方々であれば瞬殺ではありませんか? 私を追ってヒームの兵士等が攻めてくるのを恐れるのなら、もう少し奥まで入って、周辺に後続部隊などの気配がないか探って下さっても結構です」
「お前が……場所を伝える可能性もある」
「そうですね……それは確かに。では、その際は私が妻に殺されるということでいかがでしょう?」
「こ……」
「彼女なら私などひとひねりです」
ミアリアを見る。つまりは。彼女がノルドである以上、森の掟がある。それに絡めたのだ。
「ああ、だが……その、ミアリアさんだったか……」
「彼女はノルドです。ノルドである以上、森の掟には従わざるを得ませんし、そこは信用が出来ませんか?」
「彼女がいれば……うちの集落など簡単に消し去れるだろう?」
「モダラーン、何を言って……」
「ゲイローン、お前は判らないのか? 彼女から溢れている力を」
ゲイローンくんはさっぱり、という顔だ。
「ノルドはノルドに牙を向けません。それは私も一緒です」
「……本当に……ノルドなのか?」
モダラーンさんは、どうしても……というか、ミアリアの実力がトンデモナイことを訝しんでいる。なので、その辺どうしても気になるのだろう。そうだよね。生死に直結するからね。うん。それくらい強いもんな。
「ノルドです。森の神に血を捧げましょうか?」
ノルド族で一番重い誓約を持ち出すミアリア。あ。二人が怯んだ。命がけの誓約だもんな……。そりゃね。ビビるよね。そんなのを勝手にやられてた俺の気持ちも判ってもらえないかな。
「いや……いい。外交官殿を信用しよう。でなければ、ここに現れないハズだ」
「モダラーン」
「私が責任を取る。彼は……大丈夫だ」
渋々だが納得……してねぇな。あの顔は。というか、ミアリアの力が判らないレベルの人じゃ……どうにもならないと思うんだけどなぁ。
とはいっても。自分の子どもが誘拐されているんじゃ……如何ともしがたいよな。彼にとってヒームは信用出来ない。で、終了だ。当然。何をしようと……正直、誘拐された子どもが本当に無傷で戻ってこない限り……いや、それでも絶対に精神的な傷はあるだろうし、何かはあるだろうから、無理だよな。
俺の育った日本も、概ね単一民族国家と言ってもいいだろう。なので、他国や他民族に誘拐されたとか、拉致された事実から、その国の人全体を見てしまうなんていう感覚、嫌悪感は良く判る。
さらに言えば、今回のケースは種族違いだ。ヒームとノルドでは種が違うのだ。それこそ……人間と、ニュータイプと言えるような賢い鋭い超能力者がいたらどうなる? お互いが覇権を競うか、迫害を受けるか、とにかく対立するのは間違いないだろう。
そんな亀裂の存在する種族間の断絶関係。さらにそこに、こういった悪事を働く者が存在し、それを実行しているのだとしたら。話し合いで溝が埋まるなんて考える方が甘すぎる。
連れて行きたくねーだろうなー。うん。俺がその集落の場所を知らせて、後から奴隷商人が殺到する絵が浮かんでいるだろうし。
面倒くせーなー。裏は無いんだけどなぁ……。
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