0233:長期出張

 もの凄い淀んだオーラが……本人の背中から漏れ滲んでいる。結構広い執務室の打ち合わせ用のソファに腰掛けて爪を噛んでいる彼女が原因だ。


 昏き森のノルド、族長の娘ミスハル。うん、自称イリス様親衛隊長であり、ノルド族の元締め……のようなそうでないような役割というか、そういう分担というか、うん。


 彼女は実はとても大切な任務のために、オベニスを離れていた。


 うちの領には致命的な弱点がある。それは、領主が女という点だ。そして、領主が女だと、男は部下に成りにくい。というか、よほどの理由が無い限り成らない。どんな功績があるにせよ、だ。

 別に男じゃなければいいじゃないか? と思うかもしれないが、ほとんどの仕事は男が占めている世界で、女は大抵、すぐには身動きが出来ないのだ。


 純粋に文字の読み書き、四則演算程度ですら、満足に理解出来ていない者の方が多い。当たり前だ。そういう教育を受けていないのだから。


 つまり、時間さえあれば弱い立場に追いやられている女性を教育する所から始めれば簡単な話だろう。


 実際、オーベさんに男女共学の学校を開校する準備をお願いしてある。十年もすれば優秀な者が、男女問わず働いてくれるようになるハズだ。各学校施設は地下に建設積みだ。


 問題はその十年を支える即戦力だ。一人や二人ならともかく、必要な人数全てをうちで初等教育から行うのは現実的に無理がある。


 ミスハルはその人材を求めて、森を巡ってもらっていたのだ。


 ルートとして、まず魔導国家リーインセンチネルの魔導院の大賢者の一人と会い、「外交官」の資格を手に入れる。それが在ればヒーム以外、ノルドだけで無く、他の種族とも様々な交渉がしやすいらしい。その大賢者にファランさんは貸しがある上に、オーベさんにとってはかなり深い知り合いでもあるので、即発行されるだろうということだった。


 ノルド族は森ごとに、集落群を構成して生活している。つまり、昏き森の族長の娘という地位と「外交官」の資格を使って、他の森の集落の長や主要な人物と会談を行い、「モリヤ隊メンバーと同じ立場の女性」をスカウトできないか? という、非常に重要な仕事をお願いしていたのだ。


 ノルド族は寿命が長く、この世界の人族=ヒーム族よりも、戦闘力、魔力、知力共に秀でている者が多い。これは時間をかけて訓練し、勉強をしている者が多いということだ。さらに女性でも、ほとんどの者が(暇つぶしに)本などを読み自主鍛錬を行っているという。この世界で我が領が、即戦力を雇うとしたら、これしかないという流れなのだ。


 幸いなことに、リーインセンチネルの東には海峡を挟んで、この一帯で最も大きい大森林、イーズの森域が広がっている。イーズの森のノルドの集落は数十存在するそうで、ひとつひとつが昏き森の集落と同じくらい規模が大きい。

 

 リーインセンチネル側の幾つかを巡るだけでかなりの日数が必要とのことだった。そもそも困難な仕事だ。ノルド族は基本、同種族でも馴れ合わないし、すり寄らない。それこそ、集落が十、二十集まって国を作ればとんでもない強国が生まれるのは間違い無しにも関わらず、過去、そういった歴史は一度もないのだ。それこそ、ハイノルドがノルドを率いて……ということも無かったという。


 で。彼女が、頑張ってくれている最中に、ちょうど、そちら方面、ここから西南のエリアを中心に、黒ジジイの謀略で情報が寸断され、連絡が取れなくなり、現場ごとに動かないといけなくなってしまった。


 なので、


1:イリス様が大変な時期に結構近くにいたのに、合流できなかったのは仕方がないことだし、

2:彼女がそれを知ろうにも魔力喪失の魔道具などで情報はシャットアウトされてたし、

3:こちらから連絡を取ろうにも手段がなかったのでどうにもならないし、

4:その後始末に間に合わなかったのも彼女のせいではないし、

5:憧れであった領主様やその参謀は計り知れないレベルで強くなっているし、部下だと思っていたモリヤ隊のメンバーの中に一目見ただけで明らかに怪物レベルのヤツが何人か出現していたとしても……誰のせいでもないのだ。


 まあ、落ち込む……か。うん。そうだね。


 完全に蚊帳の外というか、


1:自分の居ない間に敵に攻められて、

2:その敵と大規模な戦闘を行っており、

3:オベニスの1/3が焼け野原になっており、

4:にも関わらず地下にとんでもない住居区が完成しており、

5:しかも列車? が走ったりして、もう、なんなの? だもんな。


 なんか、ごめん。



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