0221:黒の塔①
王城の北に位置する黒の塔周辺の施設。これは魔術を使う騎士、第六王国騎士団の宿舎兼研究所であるらしい。
当然の様に、そこの総元締めは王国筆頭魔術士であるところの「できぬことなし」ことオーバット・ニラク・ネスとなる。オベニス関係者のみ通称、黒ジジイだ。
「老いましたな。父上」
黒の塔、最上階。研究スペースと居住スペースが同化している間取り。その奥の机で書き物をしている老人が顔を上げた。以前見たよりも皺が深く、年齢を経た気がする。
「それに利き腕がなくては書き物もご面倒でしょう」
あ。黒ジジイ、左利きだったのか。それは大変ね。魔術士は魔術の紋様を描かないといけないから大変だろうね。まあ、それも今日までだろうけど。
「貴様……よくもここに」
よくもここに……顔を出せたな? それとも術結界を張り巡らせていたハズなのに? それとも……オベニスで殺したハズなのに? ……まあ、全部か。
「ええ、ええ、とにかく、よく出来た力押しだとは思いましたよ? 特にイリスを領地から引き離した後で一気に物事を進めたのはこちらもかなり後手に回りました。傭兵団「漆黒の刃」。最高峰の射手強者による狙撃。さらに魔道具による魔物召喚。それがミスった時の生け贄の書き換え。失敗でも無制限召喚。その上、後片付けは、辺境伯の騎士団と。危うく押し込まれてしまうところでしたから。怖い怖い」
「貴様は……我が血脈には含まれぬ……私の血が受け継がれなかったと思ったのだがな」
「私も痛手を負いましたしね」
「仕留め損なうとはな……」
「くくく。父上。最後です、教えて差し上げましょう。貴方は今も正しい」
「……何?」
片眉が上がる。すげーその感情表現。外国人顔だと似合うなぁ。というか、役者か。ああ、黒ジジイ、アレだ、映画の「指輪物語」のガン〇ルフだっけか? の役者さんをちょい落とした感じがあるんだな。
すげーな。魔術士ってこの系統の顔になるのかな? っていやいや、あっちの世界だとフィクションじゃん。笑。
「父上、貴方は周辺諸国……いや当代で考えればこの大陸最高峰の策謀家であったのでしょう」
「……」
「だが。運が悪かった。とにかく運が悪かった」
「何を……」
「世界には……この世界には、貴方が計り知れない、凄まじいまでの何かがあるということです。全てを知った、全てを掴んだ……等と思い上がらぬことが寛容かと」
ぴく。また、表情が動く。顔で語る。
「殺し合いましょう。父と娘で」
いきなり、黒ジジイの正面で、火球が膨れあがった。当然だが、黒ジジイの術結界によって影響は無い……と思われた。が。
ブオッ!
再点火するように、術結界の内側? で炎が膨れあがる。
「!」
言葉にならない呻き声を上げて、黒ジジイが右手で炎を振り払った。比較的大きい腕輪が光っている。まあ、多分、レアな魔道具なのだろう。
「貴様……」
「あらあら。もう、大切な家宝を使われたのですか? その大きな魔石の魔力。使い尽くしてしまうかもしれませんねぇ」
黒ジジイの顔に汗が浮かぶ。先ほどの炎が熱かったのもあるだろうけど……冷や汗の方だろう。今、ファランさんは「無詠唱」でそれこそ息をするかのように、火球の術を使った。魔術士同士の戦闘では、次に使う術の読み合い、詠唱中に如何に動くか、さらにどんな次の術はどうするか? が大切なポイントになる。
「調子に乗るなよ? お前は我が子の中でも、一番才能が無かった器だ」
「ええ、ええ、そうでしょう。貴方が私にしたことを考えれば、期待など何一つしていなかった。使い魔の一匹、新しい術を集めるための従者の一人ですらなかったのでしょう。私がラジコアの迷宮で命懸けで手に入れた召喚術、エーディリアを当たり前の様に罠に嵌めて奪い取った」
「私が使ってこその術だ」
「ええ、ええ。そうでしたのでしょう。エーディリアは優秀ですからね。優秀な貴方が使うことで真価を発揮することが出来た。その通りです。その後の様々な謀略などで大活躍したのではないでしょうか。ですが父上。貴方はその一番才能が無かった私に、今日、殺されるのです」
「何をふざけたことを」
「親殺しなど出来るわけがない? ですか? ええ、確かにそうかもしれません。私一人では踏みとどまってしまった一線やもしれません。でもですね。私ももう、一人ではないのですよ」
「あの伯爵にそこまで染まったか」
「ふふ、ふふふ」
もう、これ以上楽しいことはない……という表情で美女が笑う。ちょっと怖い。
「未だにそれすらもお知りではない。父上ほどの御方が。ふふふっ。貴方は偉大な策謀家であった。……ですが、その策の上をゆく……天運を持ちながらその策に対抗出来る者がいたのです。ちなみに、貴方の言う通り。最初に貴方の策を見破り、イリスを王城に送り込んだのも、貴方の策を全て打ち破り今ここに私がいるのも。私が策を弄したわけではありません。私如きでは……貴方の策に溺れて、とうの昔に死んでいたでしょう……」
「そ、それでは……」
その……ファランさんの笑顔は……凄まじく綺麗だった。心の底から楽しい、嬉しいという表情、これまでに見たことの無い顔だった。
「父上。御報告があります。私、結婚いたしました。好ましく思う殿方と! 好きで好きで、す・き・で・す・き・で、たまらない殿方とっ! 結婚、い・た・し・ま・し・たっ!」
ブッ……。
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