0220:正面広場①
イリス様が二本の剣を腰に佩いて、悠々と城の正面入り口前の広場を進む。真ん中辺りで立ち止まった。
ドン!
と音はしなかったが、そんなイメージで威圧が放たれた。既にかなり離れた、しかも建物の中にいる俺に、これだけリアルで伝わってくるのだ。門付近で外に向かって警戒していた騎士や、その脇に或る騎士詰め所、さらに、王城の入り口近辺の守衛待機所にいた騎士が、何ごとかと繰り出してくる。
イリス様の顔を見た騎士が、驚愕の表情で、剣を抜いた。片手剣に小さめのバックラー。後続の騎士が出てきた端から、剣を抜き構える。
その対応の速さからいって、事前に命令されていたのだろう。
「無駄死にする覚悟ができたか? いくぞ?」
イリス様が二本の剣を抜くと同時に、ほぼ全方位から剣が振り下ろされる。素早い。見事な対応だ。
「一斉!」
十本以上の刃は、何も感じなかったハズだ。まさに信じられないという顔。精鋭揃いなのだろう。この攻撃はこれまで数々の強者を屠ってきたのかもしれない。
だが。普通の者には一斉攻撃でも、イリス様には微妙な差があった様だ。
ガッ!
密集した状態での振り下ろしは、剣を交錯させ、お互い、味方の防具に食い込んで止まる。
「まだだ」
イリス様は、この時点で、数歩前、騎士と騎士の間に無造作に歩を進めている。
詰め所から出てきた、偉そうな騎士が呟くと同時に、さっきの振り下ろしの外側から、違う剣が同じ位の本数、振り下ろされた。
「グッ」
幾つかの声が挙がる。味方もろとも仕留める。対格上強者との戦法としては悪いものではない。というか、最上と言っても過言ではないだろう。
だが。結果は初撃と変わらなかった。イリス様はさらに一歩進み、第二陣のただ中に身を置く。そのスピードは既に、俺の目で追えるようなモノでは無い。が。「感覚共有」のおかげか、俯瞰からその行動を観察する、感じる様に捉えることが出来ている。
まあ、簡単に考えれば、同化している上に、神の視点でそれを見ているってことなんだろう。だって今これから、イリス様が何をしようとしているかも伝わってきている。凄まじい処理スピードだと思うんだけど、俺も何の問題も無く情報として受け止められている。変な風に受け取りすぎて、処理能力超過になったりしないと良いんだけど。
一直線。斜め上に横薙ぎに振り抜く。この線で刃を走らせれば……。
ガシャ、ガスガシャ……
ある程度の重量の金属が……重い音を立てて地面に落ちる。一振りで……多分、八本の腕と篭手と剣が、投げ出された。
「う、うわあああああ」
誰のモノでもない慟哭が、まさに慟哭としか言いようのない、喉からあふれ出す唸り声がいくつも重なった。まあ、判る。大して力の入っていない様な一振り。本当に、両手に持った剣、左手を斜めに斬り上げただけだ。必殺技の様に力んだり、技名を叫んだりもしていない。
なんでもない、タダの斬り上げ。それだけで、多くの腕が落ち、血が吹き出てていた。切り口が異様に綺麗なのだろう……流れ落ちる血の勢いが止まらない。すぐに止血しなければ、簡単に失血死してしまう。
その瞬間、傷口が淡く光った。癒しの術だ。腕を生やすことなど出来ないが、肉を盛り上げて血を止める位は出来るハズだ。
詰め所とは逆、城の入り口付近にいる騎士が術を使用しているのが見えた。が。見えたと思ったらすぐにバタバタと倒れて行く。
あ。そうか。フリエリかオルニア……フリエリか。この場にいるのはイリス様一人じゃなかったな。
血は止まったが、癒しの術も止まった。何が? と振り返ってしまう数人の騎士。ああ、それは。敵を目前にして致命的だ。
視線を外した頭が、首から切り落とされ、地に落ちる。
「まずは、五」
返す刃がさらに首元を抉る。金属鎧を身に纏い、大抵の暴力には耐えられるハズの躯体が、あっけなく、本当に呆気なく切り離されていくのは、怖いとかもう、そういう次元では無かった。
「六」「七」「八」
なぜ、そんな……一撃で多くの命が奪えるのかは俺にも判らない。いや、判るのだけれど、それは自分では絶対に出来ない肉体の動かし方が含まれている。
というか、なぜ俺がイリス様の武勇の詳細を理解出来ているのかも良く判らない。スキルのおかげだから……なのだが、そこには当然、違和感が存在する。
踏み込む足先の前に、丁度。そこに斬るべき、断つべき部分が迫ってくる。右手に持つ剣を振上げれば、何の問題も無く、鎧ごと部位が斬れ跳ぶ。
いやいやいや……これまでも……イリス様はおかしいくらい圧倒的だったが。これはもう、何かが違う。というか、騎士たちはそれに気付かないのだろうか? この王都に居る全ての武力でこの人に挑みかかったとしても……敵わないであろう事に。判っていても逃げられないのか。既に決死の覚悟が出来ているのか。スタスタと歩きながら剣を振るイリス様は……どこか綺麗だった。
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