0217:城砦都市オベニス住民談話記録②

城砦都市オベニス住民談話記録


■クーザ食料品店店主 ビルベニア・クーザ (上)


 オベニスって都市はね、元々、麦が足りないんだよ。周りの土地が痩せててね。麦は主食、パンになるからさ、どうしても必要だ。だから周りの領から買い入れて売る。そりゃどうしても手数料やなんやで高くなっちまう。基本になるパンの値段が上がれば、それ以外の食事代も上がっていく。


 毎日の食事代が他の領よりも確実に高いからね。貧乏人には暮らしにくい土地なのさ。昔から。その分、冒険者や狩人なんていう魔物を狩れるヤツラには人気だったね。魔石が取れるからさ。


 で。最近になって急に、数代前から取引のあった粉商人から、オベニスへの便が出せなくなったって言われてね。理由を聞いてもどうにもハッキリしない。盗賊や山賊が多くなった気がする。とか。まあ、以前から魔物の襲撃はそこそこあったみたいだけど、そんなことは織り込み済みで商売をしていたんだろうに。


 で、慌てて昔のツテを使って他の領の商人に声を掛けてみたんだが、オベニス周辺で謎の襲撃が頻発しているって噂が立っていると言われてね。特に魔物の被害が酷いっていうらしくてさ。そんんなことないのさ。オベニスの周りはイリス様直々に魔物を狩って下さってるのは、みんなが知ってる。


 だのに商人はみんな、ここを避け始めてるっていうんだ。そんなことをされてみ? うちの商売だけじゃない。この都市に暮らすみんなが飢え死にしちまう。焦って、とにかく商人を探してたんだが~そんなときに現れたのが、領主様のお使いさ。


「これまでの取引価格と同じ値段で麦や、必要な注文を受け付ける」っていうじゃないさ。


 いつから領主様は行商人を始めたんだい? ともあれ、これまで通りっていうのなら渡りに船だ。お願いすることにしたらさ。


 届いた麦がさ、これまでと違って、極良品なのさ。大抵余所の領に売る麦は古い麦。一年前、二年前ならまだいい。あたしでも判らないからね。ただ、三年以上前の麦は……保存状態にも寄るけど、若干変色したりしていることもある。

 これまでうちの店で扱っていたのは、そのギリギリだ。多分、二~三年前のモノと四年以上前のモノが混ざってる。それでも、よその領で買うよりも倍以上じゃないと成り立たない。うちが立ちゆかない。関所で取られる関税と、護衛を含めた運搬料のせいだ。


 領主様から提示された料金は他の領で農家から麦商人が購入する元の売値に近かった。つまりは、これまでの半額以下だ。原価が半額……ということで、これにうちの利益を若干乗せただけの安い値段で売り出した。


 当然、これまで通りの値段で一儲けを企んだ同業者もいたんだが……あっという間に淘汰されてしまった。だって、うちを含め、数店が安い値段で麦を売ってるのだから。うちに注文が殺到する……ということもそれほど無く、オベニスの麦関係、つまりパンなどの主食関係は劇的に改善したよ。一年前と比較したら、パンの値段は半額以下さ。ヘタすりゃ麦の名産地と言われている麦畑の多い領地よりも安いかもしれんね。


 そんな感じで、うちの店としたら領主様経由っていう新しい流通で安定して麦を提供できるようになったところで。いきなり、「オベニスは傭兵団に襲撃をされそうだ」っていうじゃないさ。


 さらに、強いことで有名な領主様、イリス様は戦争に出陣してる最中さ。もう、私らにしたらどうすりゃいいのさっていう、黙って家で震えていろってことかと思ったら。


「地下へ避難しろ」


 っていう唐突な命令さ。避難しろなんていう命令初めてだからね。そもそも、イリス様が御領主になられてから、命令らしい命令なんてされてないのにさ。


 税金も減ったし、報酬のない労役も無くなった。


 領から依頼される仕事をすると賃金が支払われる上に食事まで出される普通の仕事っていう……こんなんで、うちの領は大丈夫なのか? って商売人仲間では話してたもんさ。何かヤバいところがあるんじゃないかって。


 で、そんなこんなで避難の命令さ。アレだ、傭兵団と戦う術がないから、最初から逃げるってことなんだろ? 言わんこっちゃない。それほど税金を取らない領主っていうのはそりゃぁありがたいもんさ。他を見渡してもそんな領主いないだろうからね。


 でもそれで……都市が守れないんじゃ、本末転倒さ。そもそも、イリス様本人がいないからね。


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