0206:クリスナ公国遠征軍

「私は……何を見ているのだろうか?」


「夢……なんじゃないでしょうか?」


「夢か」


 そう。第一王女が呟いてしまうくらいに、ムチャクチャな展開が目の前で繰り広げられていた。敵は合流までの時間を有効に使い、砦……いや、簡易だが要塞を構築していたのだ。


 実際に、クリアーディ王女率いる王国第三騎士団は数は少ないが精鋭が揃っている。女が団長だのなんだのと、日頃から嫌味を言われるだけに、実力でも劣っていたら何を言われるか判らない。騎士一人一人に第三に流れ着いた理由があるのだ。


 その騎士団ですら、どうすれば良いのやら……と攻めあぐねるくらい、立派な軍事拠点、施設が完成していた。さらに、立派というだけではない。キチンと魔術的な法則に従って建築された壁や掘等によって、術防御も凄まじく高くなっている。


 少なくともまともな指揮官であれば、第六騎士団、魔術士部隊の到着を待たなければまともな戦闘にすらならないと判断するのが当然の戦力比であった。


 何よりも、無駄に突貫させて、騎士の数を減らしてしまうのは悪手でしかなかったのだから。


 その強固な砦、要塞が……。


「あ、また壁が崩れた……」


 巨大な陣を描いていた壁、塀が崩れた。実はこれで、術防御が凄まじく低下している。広域攻撃魔術が展開される。精霊魔術と呼ばれている地水火風などの属性系の術は、結界などで防御されやすいが、逆に、何も無い場合は猛威を振るう。


 オーベが唱え、放ったのは嵐暴の術。大きな丸い球体が宙に浮かぶ、その中で風が荒れくれている。これで球体を徐々に小さくすれば、小さく圧縮した分だけ、威力は高まっていく。


ゴバァ


 文字にしにくい音が辺り一帯に響く。大きな沼をひっくり返したらこんな音が出るのではないか? というような音が。響いた。


 いまあの音がした辺りはどんな惨状になっているのか? 想像すら出来ないので判らない。判らないので考えない。それがいい。


「も、もう……な」


「ええ、姫様」


「よ、夜ならほとんど何も見えなくてよかったかもな……余計な事を考えずに済む」


「はい」


「あ。いや、夜は夜でこの音だけ聴こえてくるの怖いな」


「はい」

 

 要塞のうちの支城というか、出城というか、トーチカというか、とにかく、兵がそこで防御陣形を整え、魔術を使う予定であった場所……が一瞬で抉り取られた。当然、そこにいた敵の騎士たちは跡形もない。


 さらに。防御結界が弱まったからなのか、どこからか、巨大なミミズのような魔物が大量に侵入した。蛇の様な俊敏さで騎士にたかり……骨まで残さず囓り尽くす。


 弓や巨大な弩を操る騎士もいたが、迫り来る様々な術に翻弄され、あっという間に優位な距離を失ってしまっていた。そもそも、最初の一撃が奇襲だった。


 いきなり凄まじく巨大な黒い炎の塊が空から落ちてきたのだ。結界があろうがなかろうが、あんな巨大な炎、しかも黒い炎。観たことも聞いたことも無い。


 その術によって、屋根のない部分にいた騎士は尽く命を落とした。さらに、炎に触れた者たちはその場で燃え、乾燥し、干からびて……簡単に生命を失っていった。


 そもそも、今回のクリスナ軍は「炎舞」ガストン率いる炎装騎士団、「双竜巻」オビオーヌ率いる魔風騎士団が中心になっている。つまりは、魔術騎士が中心なのだ。


 だから要塞を構築し、そこで攻めてくる敵を迎撃し続ける予定であった。それこそ、クリスナ側にすれば、この後数年、いや、数十年の橋頭堡になれば良いと思っての出陣だったのだ。なので、要塞は本格的な構造で設計されていたし、基礎もしっかり作られていた。


 それが……あっという間に崩れ、壊れ、灰燼と化している。同時に魔術騎士が次々と為すすべなく広域大規模術に巻き込まれ、命を落としていた。


 指揮官で或るガストン、オビオーヌは……最初の一撃、及び数度の多種多様な術に敢えなく沈んでしまったように見えたが、実はそうではない。先んじてモリヤ隊の面々が……不意打ちで襲撃し最速で仕留めていたのだ。

 狙撃、暗殺に近い。そのため、戦闘開始時から既に指揮系統がグズグズで、まとまった行動が取れていない。


 まあ、そもそも、「これは」軍としての攻撃ではなく、個としての攻撃、奇襲なのだ。想定が間違っている。


 本来、魔術士に蹂躙される前に、近づいて来た敵を排除する近接攻撃可能な騎士、騎兵などが存在する……のだが。そっちはそっちで、見事に、一人の美しき暴力に押さえ込まれていた。




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