0205:伝令到着

 ガバラ砦を中心に、敵は全方位に散らばっていた。紺の靄を纏った迷宮武器である戦鎚を手に入れたイリスとオーベ、そしてモリヤ隊の面々は、連携してこない敵を一つづつ、強襲していった。


 モリヤ隊だからこそ、良く判らない無名の傭兵団や、金の匂いに釣られた盗賊団などもをお構いなしで蹴散らしてはいたものの、一向に状況が改善しているとは思えなかった。


「それでも……このままでは埒が明かないのう」


「ああ」


「姫様、援軍は……なにひとつか」


 いつもの机を前に、王女は首を横に振った。


 イリスたちはある程度暴れて、疲れると砦に戻ってきて休息を取る様にしていた。これで三度目の帰還である。正直、クリアーディ王女とバールは……人手不足のため、迂闊に偵察や確認のための部隊を出陣させることも出来なかったため、彼女達から受ける報告を信じざるを得ず、様々な部分で「これでいいのか?」と変な形で疑心暗鬼に陥っていた。


 現実には攻め込んで来ていた連合軍、敵は尽く殲滅され、這々の体で退却していたのだが……王女にはそれを知る術がない。


 唯一、セルミアの街との連絡は取れるようになっているため、そこからの情報は入ってくるのだが、商人や旅人などの、人の移動は未だに行われていない。そのため、なんとかして欲しいという苦情ばかりで、ウンザリもしていた。


「やっと……辿着きました」


 そんなかなりおかしな作戦会議というか、恒例の話し合いが行われていた砦の司令室。以前アリエリが先触れとして現れたときのように、いきなりノルドの女戦士が出現した。


「シエリエ!」


「何が!」


「申し訳ありません、既に時間がかかっています。オベニスが「漆黒の刃」と思わしき傭兵団に襲われている可能性が高いです」


 シエリエの姿はよく見ればかなり薄汚れていた。多くの戦闘、多くの困難を乗り越えてここへ辿着いたのが判る。


「なんだと?」


「この戦争、いえ、全ては連動している様です。イリス様をオベニスより引き離す策として」


「そうか……」


「やはりのう。おかしいとは思ったが……」


「ここへ到る街道、及び森、山、あらゆる場所に魔術による結界、罠などがちりばめられております。特に魔術喪失の陣が非常に多く……現在、セルミアの東、北方面の五日圏内ではほぼ魔術を使えません」


「徹底したもんじゃのう……」


「「はやかけ」が使えないのはかなり厳しいです。移動は馴れているつもりでしたが。さらに……異様に魔物の数が多いです。これは以前、お館様が言っていた、故意に大氾濫を引き起こす魔道具が使われたのではないか……と」


「オベニス近辺で大氾濫が起きたばかりだからな……そこまで酷いことにはならないだろうということか」


「それでも、近隣の街や村には甚大な被害が出る」


「戦争だけでは無く、大氾濫まで」


「辣腕強引というヤツだな。というか、我が君主とモリヤが並の強者であったなら……今回の策の最初のうちに潰されておるの」


「私が……いや、誰かを先に戻す……というのは悪手か」


「ええ、一人で、障害を排除するのは凄まじく困難でした……。全員で戻るのが一番早いかと」


 話の急展開に完全についていけていない王女だが、空気感から、迅速な対応が迫られているのが伝わってくる。ここに居る者全員が身に付けている武器に手を添えていた。


「姫様、時間的な有余が無くなった。クリスナを潰すので、それ以外はなんとかしてくれ」


「は、はい、判りました。オベニス領の危機……なのですね? 策に……というのであれば、自分の領が優先されるのは当然のことです」


「ああ、多分……じゃが。姫様。しかるべき後……この国を治めてもらうことになるハズじゃ」


「え?」


「オーベ殿、それは……」


「我が主……モリヤは甘い男だが……我が君をここまで追い込んだ「敵」を許すとは思えぬ。まあ、私も許さんがな」


「ん? というか、私も許さないが」


「ああ、そうだな」


 つまりは。これを乗り切り、オベニスが無事であれば。いや……無事でなくても。イリスによってこの国のトップが入れ替わる。ということを指していると、さすがに理解し始める。


「シエリエ、まずは体を洗い、我々が戻ってくるまで休んでくれ。姫様、部屋を借りる」


「はい。問題ありません」


「全員で打って出る。もう、情報収集は必要無い。モリヤ隊全員を集めてくれ。オーベ師、魔術喪失の陣……結界魔道具をここに使われる可能性は?」


「アレは設置して発動させるまでに大量の魔力とかなりの時間が必要でな。高位の魔術士が複数。しかも隠密行動が重要になる。発動の際にコツというか技も必要じゃな。敵の攻撃を受ける可能性がある場所ではほとんど使えん。そもそも、それができれば魔術士封じとしてもっと頻繁に使用されておろう」


「ではみんなが戻り次第、すぐに出るぞ?」


 現在、クリスナ公国軍は南西に本陣を築き、野戦築砦を行い防衛線を構築している。掘りや落とし穴、逆茂木で騎馬による突入を押さえているようだ。


 司令官室を後にする、一行。装備を調えるために、使っている部屋へ戻るのだ。


「オーベ師……クリスナの本陣、いや、既に砦か。大きく破壊できるか?」


「規模がな、かなりのモノじゃ。さらに、魔術結界も張られておる。一気に突き崩すのは無理があるな。さらに向こうにも大きめの魔術を使う強者がいるようじゃしな……」


「「炎舞」「双竜巻」の二人の騎士団長ですね。さらに……「閃光姫」ミルビネットは、クリスナの第五公女、ミルビネット姫です。戦争経験はさほど無い様ですが、冒険者としても活躍しているおてんばで最近台頭してきていました。ランクは5とそこまで高く無いですが実力は本物とのことです」


「うむ。それにしてもさすがは「できぬことなし」じゃな。儂もそうじゃが、我が君も、モリヤ隊も尋常では無い強さを手に入れている。にも拘らずこの状況じゃ。ヤツは本質を突いてくるのじゃな」


「本質?」


「うむ。我が君……もし、いま、オベニスが失われたら……どうする?」


「それを命じた者を殺す」


「ああ、そうだな。そうかもしれん。だが。それで何かが変わるわけでもあるまい。我らの弱点はオベニス……しかもそこに暮らす住人じゃ。敵がどんなに強くとも、モリヤもファランも残りのモリヤ隊隊員も殺すことはなかなか難しい。だが。オベニスの街を燃やし、破壊し、そこにいる住人を殲滅することは簡単だ」


 イリスが深く頷いた。


「我々に……ここまで何重もの罠、策を張り巡らせるということは、オベニスもマズい状況になっている可能性が高いな」


「急がなくては」


「ああ」




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