0204:紺の靄

「まだまだまだ!」


 マルヴェルの踏み込みが深く、奥へ、敵の懐へ。だが。その距離は……イリスの距離でもあった。イリスの両手剣が、靄の下から、脇へと伸びる。跳ね飛ぶマルヴェル。


「ちっ」


 靄が擦った部分……イリスの両手剣は削り取られていた。見た目からそんな怪しさ満点だったが、どう考えても迷宮産の武器なのは間違いない。


 あの戦鎚にはなんらかの魔道具として、魔術が仕掛けられており、使用者の魔力を使って発動するのだろう。


 それにしてもこの紺の靄は厄介だ。武器の攻撃範囲が非常に大きくなる上に、定型で無いので読み切れない。回避するにはかなり大きく離れることになる。


 何よりも……両手剣……鉄などの金属をあっさりと削る、浸蝕する効果は、人が喰らえば確実にジワジワと体を失っていく事間違い無しだ。どれほどの効果があるのか判らないが、魔術発動系の武器というだけで凄まじいレアである。さらに何らかのスゴイ特能があっても不思議では無かった。


 迷宮の宝箱から発見されるのは通常の武器防具、魔道具だけではない。特殊能力を秘めた武器や防具、アクセサリーも発見される。特殊能力を秘めた装備が厄介なのは誰もが知る事実だった。なぜなら、それを持っているだけで強者として名を馳せた者もいるのだから。勇者や英雄と言われた者は大抵、この手のレアな武器や防具で身を固めているのが定番なのだ。

 打ち合っただけでドンドン防御力が上がる盾や、魔力を込めると切れ味の上がる剣。さらに、敵の攻撃を受けずに攻撃し続けると魔力が回復する短剣。伝説を持つ装備、大抵は王家や貴族の宝物庫に納められている。


 この戦鎚もまともに打ち合ったらどんなことになるか判らない。


 なので、イリスは相手の攻撃を一切受けずに躱していたのだ。が。ちょっとした隙で両手剣を削られていた。さらに返しで戦鎚が振上げられる。脅威的な膂力……だ。腕力だけであればイリスと同等か、近いか。そういうレベルだった。


「見事よな。女。我が紺の戦鎚ウォーハンマーの連撃をここまで躱したのはお前が初めてだ」


「男か」


「名乗り合うか? 女が。思い上がるなよ?」


「いや? クソのような男の名などどうでもいい」


「ほざくなっ!」


 会話をしていた次の瞬間。イリスは足を軸に一度フェイントを入れる。既にそのスピードにマルヴェルは反応出来ていない。フェイントに反応してしまい、それによって大きく開かれた体は、鎧と鎧の隙間を大きくする。


シハッ!


 息吹と共に、反転したイリスの剣がマルヴェルの喉元に突き刺さった! 


 背を通して突き出された剣は、鎧で覆われていない喉元に食い込んだ。そのまま、刃を斜め上へ。突き抜く様に振上げる。


「が、な、うが! そこ、から」


 マルヴェルの兜が下から両断される。ノドから顎、口から鼻、そして眉間を斬り上げられ、ヒゲの強面が歪んだ。


大蜥蜴ビルニア大男。お前は今回戦った中では一番手応えがあった」


 逆からの一振り。仰け反った形で硬直していたマルヴェルの首は呆気なく宙を舞った。吹き上がる血。驚愕の表情のまま、血塗れとなって台地を転がってゆく。

 戦場では相手の力量を的確に読めない者から死んでいく。この場でも女と言うだけでその能力を見誤った者が次々と倒れて行った。まあ、それを人は殲滅、全滅と呼ぶ。


 崩折れる大男を適当に見送り。足元に転がっている、紺色の戦鎚を拾う。柄の部分、持ち手部分を両手で握り、魔力をこめると、ヤツと同じ様に紺の靄が発生した。この紺の霧に武器や防具を劣化させる能力があるようなので非常に有利だ。何よりも振り回しているだけでいつの間にか削れるのだから。


 その上……多分、魔道具として加工が施されているため、通常の金属製の戦鎚よりも遙かに強度は高いハズだ。


「面白いな、これ」


 イリスはもっと大きくなれと願った。すると靄が大きくなり、イリスの上半身を覆うくらいに広がる。この靄はイリス自体、本人には一切害が無いようだ。


 この世界の住人は生粋の戦士であるイリスですら、最低限の魔力は所持している。魔道具の起動だけでなく、ちょっとした身体強化は欠かせない。ただ、戦士の技を極めようとすると、魔術系の能力を鍛える時間が無いというだけのことだ。


「ぐあああああ!」


 イリスと君主の戦いに注目していた騎士たちの後ろ。大蜥蜴ビルニアに騎乗していない騎士たちが悲鳴を上げていた。異様に明るいオレンジ色の炎。人の皮や肉だけを燃やすその凶悪な炎は……当然人だけを燃やし尽くす。


「くっ! て、てっ」


 慌てて指示を出そうとした指揮官のセリフが途中で止まる。短剣が首を刎ねた。


「きっ騎士団の精鋭が!」


「みんな一緒に死ぬが良い」


「あっ?」


 いつの間にかオーベとモリヤ隊の二人が、敵中に紛れ込んでいた。混戦になってしまえば……彼女達を捉えられる者はそう、いない。





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