0203:クザン連立君主国

 イリスがちらっとそちらを見る。若干納得したような顔で、オーベに問いかける。


「アレはどれくらい一気にいける?」


「んー半数……といったところかのう。これまでよりは手練れ……なのは間違いあるまい」


「一人、そこそこ強いのがいる」


「ええ、クザン連立君主国……連立国がひとつの王、「野蛮王」マルヴェルが率いています」


 いつの間にか、アリエリの脇に、クリシアが立っていた。


「ヤツラの動きが想像よりも速くて。報告のための合流が遅れてしまいました」


「問題無い。殲滅は厳しいか」


「はい。これまでのザコとは……少々勝手が違うかと思われます。対術結界もきちんと構築してますし」


「おうおう……やっとか。本気で……放つかの。我が君、半数よりは任せてもらっても構わんぞ?」


「まずは……そのマルヴェル? でいいか?」


「はい。私とクリシアでオーベ師の術から逃れた者たちを仕留めたいと」


「あ……騎兵では無く、大蜥蜴ビルニアに騎乗している者も居りました」


「ほほう……大蜥蜴ビルニアか……大物だな」


 砂塵を巻き上げて、荒野の向こうから……見渡す限り、かなりの数の騎馬兵ではなく、騎蜥蜴兵が押し寄せ始めていた。


 クザン連立君主国……六の連立国の君主の合議制で国が運営されている。元々はクザン帝国といい、皇帝が君臨する帝政国家であった。が。数十年前の革命により、皇家は根切りとされ、一族郎党、さらに遠縁の親族までが殺され、完璧に断絶した。


 連立国の君主は、公爵や侯爵、帝国時代の有力貴族が祖となっている場合が多い。クザン帝国は非常に歴史が古く、途絶えてしまった皇帝の血脈は辿れば、古の大版図を征服した、クランバニア帝国にも繋がるらしい。


 今回の遠征は急ではあったが、連立国は、最も北側に位置する、シーター連立国にその役を一任した。「野蛮王」マルヴェル・シーターは、連立君主国を代表する場に君主が立ち会っていないのは無責任だと考え、直々にこの地に乗り込んだ。


「それにしても……ノルドの情報収集能力は大したものだのう。クザン連立君主国など、諸国を旅してきた儂ですら、その国名程度しか聞いたことはないぞ」


「いえ、こちら側は極端に情報が少なかったので、お館様が重点エリアとして指定されていましたので」


「モリヤか」


 囲むように、展開された騎士団。半数は大蜥蜴ビルニアに騎乗し、ランスの先に小さい刃を幾つか付けたような凶悪な武器を装備している。


 一際大きな、赤い大蜥蜴ビルニアにまたがっているのは、これまた大きな強者。あれが〝野蛮王〟マルヴェルであろう。他の騎士と違うのは大きさだけでは無い。手にしているのは……紺色の金属製の戦鎚。この前イリスが使っていた所謂普通の戦鎚とはかなり形が違う。大きく歪んだような形状は、禍々しいがその攻撃力の高さを謳っているかのようだ。


「あれが野蛮……なのじゃな」


「いえですが……イリス様の方が……」


「ああ、そうじゃな。一見野蛮に見えぬだけに……ああ、そうか、だから「荒れ狂う鬼」などという似合わぬ通り名を付けられたか」


 ピクッとイリスの肩が反応する。非常にわかりやすい。


「我が君は、この通り名が好きでは無いのだな?」


 頷くイリス。


「だがなぁ……何かと力で解決する……ことが多いじゃろうて。喋るのが苦手だったからだと思うが」


 頷くイリス。


「戦いっぷりを見るに、仕方ないのではないか? 我が君が異様な腕力を所有しているのは確かじゃからのう……」


 ぷーとふて腐れるイリス。


(モリヤのことになると異様に喋る気がするのは気のせいではないじゃろうな……)


 両手剣を握る腕の筋肉がギリギリと引き絞られていく。八つ当たりだろうがなんだろうが、その力を振るえる場所にいるのだから、解放するのは当然である。


ゴガッ!


 凄まじい音と共に、イリスの踏み込んだ足が大地を大きく削った。まだ、百メートルはあった間合いが一気に縮まる。その消えたかに見えた瞬発力はクザンでも武闘派で鳴らしたマルヴェル配下の竜騎士隊も一瞬ここが戦場であることを見失い、息を呑んだ。


グバァ……


 低く響く、断末魔……王の騎乗していた巨大な大蜥蜴ビルニア「業天号」が口の脇から切れ目を入れられて一気に上下に斬り裂かれた。響いた音は裂けた断面から内臓が脚元に零れ落ちる音も混ざっていた。


 丁度、足を乗せていた鐙の下を斬り裂かれたため、座っていたマルヴェルは無傷だった。戦鎚と同じ色の紺の金属鎧が音を立てる。フルフェイスの兜には大蜥蜴ビルニアを模しているのか、牙の様な装飾が見える。


「業天号……無念……」


 斬り裂いてそのまま離れたイリスはマルヴェルが自分の足で立つまで攻撃を仕掛けなかった。祈っていたかのような体勢から、おもむろに構え、踏み込んだ。大股でスピードもかなりのものだ。


「うらあああーーーーーーー」


 両手で振りかぶった戦鎚がそのスピードにぼやけている。振りかぶった部分、紺色の靄がかかっている。その靄はさらに大きく、色濃くなっていく。既に手元は一切見えない。靄はそのまま、イリスに襲いかかった。


 凄まじい気合と共に振り回される靄。多分、あの戦鎚が生み出しているモノだと思われたが……その靄自体がイリスに振れることは無かった。少々大きくなっている気もするが、余裕で避け続けている。


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