0201:デガス狼王領域

 デガス狼王領域。メールミア王国側が一切情報を持っていないこの勢力からこの地へ派遣されたのは、メルミア王国の東、デービア蛮族群領域の群王の一人だった。


「デガス王が、戦士筆頭……バングラス」


 両手斧。柄が長く振り回しにくいその巨大な獲物を、バングラスは器用に振り回している。


「近づく途中で気付かれたのは初めてだな……我が名はイリス。イリス・アーウィック」


 両手剣は既に抜かれている。それをバングラスと同じ様に、縦横無尽に振り回す。


 別に……武器振り回し選手権ではないのだが、こういうハッタリはお互いにやり合ってこそ、戦う者同士に敬意が生まれるのだという。モリヤの考え方、戦いに綺麗も汚いも無い……というのは理解されない部分があるのも致し方ないことだろう。


ガギ……ウン


 両手剣が両手斧に弾かれた。間合いを取る二人。上下に振り分けて振るわれる斬撃を丁寧に、細かく、斧を這わせる。


「うむ。やるな」


「ああ、女、ここまで鋭いのはそういない」


「ならば。耐えろよ?」


 イリスの剣筋のスピードが……明らかに上がった。苦痛の表情を見せるバングラス。次々に繰り出される一撃を次第に躱すことが出来なくなってくる。


ザク


 右手の外側に食い込む刃。この狼王領域の一軍は、獣の牙を首から下げ、毛皮の装備に身を固め、まさに蛮族といった姿をしている。鎧など着けない素早い動きが身上となる。つまり、全ての攻撃は避けるか、武器で弾くのが基本なのだ。


 呆気にとられた顔を見せるバングラス。


「傷が珍しいか?」


「ぐおおおお!」


 両手斧が唸る。イリスの両手剣は全て、斜めに斧の刃に触れる。しかも、少しだけ押されて戻る。最初はそれほど大きな効果は無い。だが。徐々に。徐々に。回数を重ねるたびに、その効果は大きくなっていく。右手の傷のせいもあって、大きくズレる斧。振り幅が無駄に大きくなり、しまいには遠心力で、あり得ない方向へ力が流れていく。


グィン……ダゥバンッ


 バングラスの手から、両手斧がこぼれ落ちた。手首にも違う力が加わったことでダメージを受けたようだ。


「な、なんらーーーー!」


「残念だが、ここまでだな。大丈夫、寂しくは無い。既にお前の仲間たちは全て死んだ」


 一緒にここまで出張ってきた仲間、自分ほどでは無いが、狼王の部下、さらに側近は自分配下の猛者揃いだった……ハズが、全員、首から血を吹き出して倒れていた。


「ガッ! いつ、いつの間に」


「オマエら術防御とか考えた方が良いぞ? だから蛮族と侮られてしまうのだ」


 オーベがニヤニヤしながらすぐ横に立っている。丁度、アリエリが最後の一人、倒れたまま意識を失っている男にナイフを突き刺した。


「ああああああああっ!」


 足元の戦斧を拾い、凄まじい速さで振りかぶる。激しい踏み込みは周囲の空間を巻き込み、刃に引きずり込もうとねじ曲げる。


「足りないな」


 擦り上げからの抜き。ほぼ片手で振り下ろされた乾坤一撃。だが戦斧は力なくズレる。その重さにそのまま脇が大きく空いた。その脇を抜ける刃。その瞬間、凄まじいまでの振り抜きが音よりも早く振り抜かれた。


ブツ……ドウン


 千切れる音。肉が千切れる音が響いた。両断するには浅かったのか、端が繋がっていたのだろう。繋がっていた身体の端が、戦斧の重さに振り回されて、千切れて落ちた。


「なかなか……さすがじゃのう、我が君……。今の一振り、四海至宝に値する……じゃな」


「粗かった」


「最後の一撃か。アレはアレでそれなりだったとは思うが」


 武人の目。オーベは強者であっても、術士である。近接戦闘をそこまで理解出来る訳ではない。


(まあそれでも、さっきのが、魔王ラングバトィルの首を跳ねた、勇者ハレッシュの一撃よりも鋭かったのは確実。我が君は例えモリヤが居なくとも大陸に覇を唱えていたやもしれんな。コレだけの力……隠すことも出来ず、打って出ずにいれば、確実に暗殺されていただろう)


 オーベはそもそも、元のイリスの強さに触れていない。今のイリスになるには、モリヤが必要だったことは判っていても、どれほどか……は比較出来ていないのだ。


 モリヤ隊の面々が後始末という名の貴重品回収を急ぐ。貨幣や貴金属は幾らあっても困らない。運べるなら武器防具、輜重も持って帰るのだ。


(というか、多分一人で「生き抜く」だけなら敵などいないだろうが。今のように護るべき民がいるような状況では……脆い。自分の命にこれっぽっちも価値を見出していないタイプじゃ)


「我が君、モリヤを拾って良かったのう」


「ああ!」





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