0199:妄想?

 照れてモジモジし始めたオーベを見て、バールは……唖然としている。そんな姿は見たことが無いということなのだろう。


「離れてみたら妙に気になってのう。我が主。愛しき男。まあ、何でも良い。モリヤと言ってな。オベニスの総務長にして、アーウィック家の家宰だな」


「そ、そのモリヤという男を? オーベ殿が?」


「うむ。好いておる!」


「……」


 その瞬間、オーベはガッと両腕を掴まれた。ハッという顔で前を見る。


「モリヤは私が」


「あ、ああ、うん、ああ。我が君よ……そうじゃな。うん。判っておる、判っておる。我が君が一番じゃな。うん。痛い」


「ならいい」


 笑顔になったイリスが手を離した。


 ショックも露わな顔をするバール。未だに初恋をそこまで引きずっていたのだろうか? いや、永遠に手が届かないと思い諦めた憧れの人が、といった感じか。


「その、モリヤという……家宰ですか? 家宰がそんな指示を?」


「ああ、名前は家宰だがな……んー鼻たれの関係者なら構わんか。ヤツは宰相じゃな。戦時は大軍師も兼ねるような」


「大軍師……」


「まあ、つまり。我々はヤツの指示で動いておる。イリス様はヤツにとっても君主で或るから、委細は任されておるし、自由だがな」


「なんと……で、では、この窮状はどうすれば!」


「それは知らん。というか、聞いてないし、モリヤもさすがに「指揮官が誰か」判らない状況で推理予測もできんかったろう」


「私が指揮官だと……伝わっていないのですか?」


「ああ、オベニスの隠密斥候も王都や違う地方には潜んでいたらしいのだがな。こちら方面は……まあ、話を聞くに、知己でもある姫様がいるということで、安心しておったのだろう。手の者も少なかったようじゃ。ここへ到る道のことを考えれば、尽く潰されていたようだな」


「全ての……伝令が……ですか」


「ああ、「できぬことなし」ヤツもそれだけ本気だということじゃな」


「そ、そうですか……少ないとはいえ、私を支持してくれる領主も若干存在するのです。現状を知っていれば確実に援軍を送ってくれるハズの味方が。なのに、なにひとつ反応がない。おかしいと思っていたのですが。全ては事後報告、私が死んでから伝えるという寸法ですね」


「そうじゃな……。まあ、そんなもんじゃろう」


「では作戦も無し。このまま当ての無いまま……」


「いやいや、作戦ではないが……託されている目的は存在するぞ? 「可及的速やかに敵を殲滅し帰還せよ」だ」


 ぶっ。バールが口に含んだ茶を吹き出した。


「まあ、そういう反応が普通じゃろうな。殲滅じゃし」


「え、ええ……」


「まぁ、だが、それが命令じゃからな、行くとしようか」


「え? どこへ……?」


「え?」


「え?」


「なあ、我が君よ」


「ああ、姫様、ということで、適当な武器と鎧を貸してくれ。臭いで敵に気付かれる」


「は、はい、それは問題ないのですが」

 

 確かにそれほど衛生的ではないこの砦でも、イリス達の血臭は明からさまだった。それだけ急いで来たという証でもあるのだが。

 

「オーベ殿!」


「我々は数が足らん。だが、敵もまだ、連携などできておらぬのだろう? 個別に包囲し、硬直しているのなら、そこを潰す。多分、話を聞くにイガヌリオの勢力を待っておったのではないか? 楽をして勝つに越したことはないからな」


「しかし、勢力毎の強者の数も揃って」


「なおさらじゃ。まとまって一斉に、いや、波状に攻められても、護りきれぬぞ。不意打ち、奇襲、伏兵は寡兵戦闘の常套と、教えたはずじゃぞ? 鼻たれ」


「は、しかし、その」


「失礼します、各陣営は約定さえ果たせば報酬に有り付けると、戦力のムダな消費を避けたいという考えがあるようで」


 またも、虚空からノルドの女が出現した。少なくとも、王女側にはその様に見えた。


「そうか。手柄や功績を得ようと命を賭けなくとも、問題ないのだな」


「そこまでして……」


「欲の皮の突っ張った連中だ。戦場に在るのは敵と味方だけだということを忘れると、こうなる」


「せっつかれて動き出す前に、だな」


「ああ、さすが我が君。それも有り得るの」


「遠いのは?」


「ベネルビア沿海州の旗を掲げた一団でしょうか?」


「そこからだな。オーベ師、地味なのを。派手にやると逃げられる」


「判った判った。試したい術はまだいくらもある」


「武器庫はどこだ?」


「出て右端、こちらです」


 慌ただしく、イリスとオーベ、隠密らしいノルドの女が司令官室を出ていった。


「イロイロと……内容が盛りだくさんで多すぎて……私の理解が追い切れていない。とりあえず、彼女達は……「私」の味方だと思って良いと思うか?」


「ええ、これ以上も無く。でなければ。既に我々の命など粉微塵に砕かれていた事でしょう。多分。さらに……姫様の憧れの人……そして、我が師の言うことですので。筋の通ったことを為している、間違いでは……無いと思われます。ですが。正解か……と聞かれると私もわかりません」


「それな」


「姫様、粗雑な言葉遣いはお止め下さい」



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