0197:連合軍では無く

 血塗れとはこういうことをいうのか……とその場に居た騎士、全員が思ったという。赤ではない。既に乾燥して黒く染まったその出で立ちは、必要最小限拭った痕があったものの、その激闘の全てを詳細に伝えていた。


「オベニス伯。援軍参戦忝い。まずは旅の……いや、その汚れを落とし、話はそれからにしよう」


「王女閣下、お久しぶりです。まずは、それはありがたい」


 クリアーディ王女が目で合図した。こちらへ……と、騎士が砦の水場へ案内する。イリスともう一人、ノルドの女がその後に続く。こちらも魔術士の出で立ちではあるモノの、マントが凄まじいばかりに黒く変色している。どうしたらここまで黒く、血を浴びることができるのか。


「しょ、「召喚妃」殿……か?」


 バールがその姿に驚きの表情で反応した。


「ん? おうおう、レイダートの鼻たれ小僧ではないか。久々じゃの。自分で鼻をかめるようになったか?」


「そ、それはもちろん。貴方が、なぜここに! ここは……」


「死地か? くくく。仕方なかろう、我が主の命じゃからな」


「そんな」


 最初よりもさらに愕然とした表情を見せたバールの前を、オーベは悠々と歩いて行った。


「副団長のそんな顔は初めて見たな」


「あ、はあ、申し訳ありません、姫様」


「アレが……「召喚妃」殿か?」


「はい。オベニス伯が姫様の憧れのお人であるのなら、オーベ様は私の憧れ……いや、初恋の人ですな。幼少の頃……勇者伝説に憧れる年齢で出会いましたので」


「強いの……だよな?」


「それはもう。姫様が昔、イリス閣下に護衛されたのと同じ様に……私と……妹のミナリアは幼き頃、王宮のさる御方の陰謀で誘拐されかかりまして。連れ去られ奴隷商に売られる途中で、オーベ様に助けていただきました。目の前で見せつけられたその勇姿たるや……。強者を含め二十はいた敵を瞬時に葬り去り、我らを救出してくださったのです」


「では……」


「はい、あの時オーベ様によって助け出されなければ、私は元より、貴方の母で或るミナリア第五王妃も死んでいたでしょう。つまり姫様も生まれなかった」


「そうか。そんな方がここへ」


 イリスとオーベは鎧や装備を外し、鎧下でもある、布鎧で司令官室に現れた。


「すまん。姫様、装備の替えがな、無くてな。正装ができん。磨いて手入れをしてから礼は返す。なにせ敵に奪われてしまったものだからな」


「全く構いません。ここは戦場。礼儀などなんの役にも立ちますまい。さらに私は貴方に助けられたからこそ、ここにいるのですから」


「オベニス伯、それにしてもなぜ……ここに?」


「ん? ああ」


 イリスは王女の前で片膝を付き、頭を垂れた。


「イリス・アーウィック・オベニス、ご命令通りにオベニス領より、罷り越しました」


「イリス様……お立ちください。口調、今さらです。それは王からの命令書で?」


「うむ。命令書だ。何かおかしなことが?」


「ええ……おかしなこと……でもないのだが……」


「ん? 歯切れが悪いな、姫様」


「ああ、そうだな……すまん。イリス様、ここは既に死地です。なぜわざわざここに?」


 そう。この時王女は如何に死ぬか、如何に効率良く、多くの敵を道連れにして死ぬか、しか既に頭の中には無かった。この砦を守る騎士はほぼ全てがそんな心境だろう。


「そんなに悪いか」


「悪いもなにも……初めての援軍がオベニスからです」


「……」


「これはこれは。かなり笑える状況の様だのう」


「ええ、オーベ殿」


「まずは報告させていただこう……この砦から北西に……どれくらいだ? オーベ師」


「我々の足で……一日だったからの。普通なら三日か」


「それくらいの街道沿いで、最初は盗賊かと思ったのだが、イガヌリオ北方騎士団、約六百の作戦行動中に会敵。直接戦闘に移行し、約四百を撃破。残り二百は散会し壊走したため、追えず放置した。馬は全て潰したので再編は無かろう。強者は……」


「ああ、領主殿は近接していて認識できずに囲まれていたからの。ハッキリとは判らんだろう。強者の数は確か六名。五名は確実に仕留めた。一人……兵を盾にして逃げたのがいたな」


「それと、その騎士団を指揮していたらしい貴族……もいつの間にか倒していたようだ。本陣らしき陣幕の中に、一人、異様に派手な衣装の者が死んでいたのでな」


「アレは領主殿が得物を投げたのがいかんのだろ」


「すまん、偉そうなのが逃げると思った瞬間に、投げてしまった」


「……あの……何を?」


「何を言って……」


 指揮官と、その副官は目の前で成されている会話が頭の中で成立していなかった。何を言っているのか。


 理解が、出来ない、追い付かない。開いた口が塞がらないという状況は、まさに今、この事を指すのだろう。と、呆然と考える余裕も無かった。







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