0196:連合軍なのか?

 ガバラ砦を囲む様に侵攻してきたクリスナ公国軍はそれまでと違い、行軍速度を一気に低下させた。既に数日、戦線はほぼ移動していない。斥候や伝令との小競り合いは起こっていたが、この異様な進行速度の遅さは何かを待っているかのようだった。


「それにしても。何を狙っているのでしょうなぁ」


「ああ……時間がかかればかかるほど、さすがにこちらの援軍も……」


「伝令! き、北から……イガヌリオの騎士団が! このままではセルミアが……その数、およそ五百!」


「なんと! これか! そこまでもか! どこまで……どこまで……」


「イガヌリオ……ということは、オリエスに我が国の全軍を集結したのかもしれませんな」


「そこまでしてか」


「それにしてもスゴイですな……如何様に手配すれば……この様な軍容が展開できるのか」


「すべての敵を私が相手をせよ、と! いうことかっ!」


 数は、クリスナとイガヌリオ以外は大したものではない。が。少数で参加してきている者たちはほとんどが、強者であると考えて間違いがないだろう。


「剣しか能の無いメルニア兄が死んでから、父も白、黒のお二方も……気が狂ったとしか思えん」


「……狂ったのかもしれませんなぁ……息子を失い、片腕を失い……あの三人が共謀しなければ、ここまで極端な策は実行出来ませぬ」


「ああ。メルニア兄だけではなく、ミレス兄も部屋から一歩も出ていないそうだからな。公務も行わず……確かに父は二人の兄を失った様なものか」


「しかし……そんな状況で「姫様」を……言葉は悪いですが、ここまで完全な捨て駒にするのは……まあ、黒の方は有り得るやもしれませんが……白の方、さらに言えば王は絶対に許さなかったハズ」


「ああ、そうだな。まあ、我が王は決して女に跡を継がせるようなことはせぬよ。何よりも下に見ているからな。だからこそ、私が一番有効に使われるのは戦場での囮では無い。隣国への政略結婚。どこぞのバカ王子と結婚し、縁を結んだ方がよっぽど役に立つ。だな?」


「はい。さすが姫様。感情的にはそんな事は許せませんが……まあですが、客観的、王国的に見ればその通りであります」


「私は父は……女ながらにそれなりに良い関係だと思っていたんだが……治世もそこそこ上手く行っている。税や献上品もここ数年は普通の倍以上。しかも、この地の民に無茶をさせずに、だ。統治能力はそれなりに評価して下さっていた」


「はい。その通りであります。でなければ、いくら王女とはいえ、辺境伯扱いされる地位には就けられませんでしたしょう」


「だな……兵は持たせてくれなかったが。しかし解せぬ。南西部を完全に切り捨てる意味が判らん」


 絶望。とはこういうことを言うのだろうか? 王女はゆっくりと顔を上げた。目の前に……女? ノルドの? はっ? と、何が起こったのか判らない表情になる。


「方面軍指揮官はこちらのクリアーディ閣下ということでよろしいでしょうか?」


「お、お前は」


 その段になって、初めて、最終的な守護役でもあるバールが身構えて、二人の間に入り込んだ。彼の顔もいつになく真剣になっている。


「ああ、申し訳ありません、どこに手の者が潜んでいるか判らない状況でしたので。いきなりの登場で申し訳ありません」


「バール」


「一切気付けませんでした……魔道具も反応しておりません。危険です、姫様」


「……怪しい者ではありません。私はオベニス領領主イリス・アーウィック・オベニス様の配下の者です。この書状をご覧下さい」


 ノルド族の女は、懐からとりだした親書を机に置いて、自分はその場を数歩、素早く離れた。


「オベニス伯の?」


「はい。失礼ですが、私が敵だとすれば。お二人のお命は既に戴いております。ご安心を」


「それもそうだな。バール、それを取ってくれ」


「はっ」


 バールの手で一応危険性の確認が為された後。やっと親書が王女の手に渡り一読する。それほど長い文章では無い。


「我が軍に加わってくださるということでよろしいのか?」


「はい、委細問題ありません」


「現状が理解出来ているか? ……もう間に合わないかもしれんが……バール。説明してやってくれ」


「はっ」


「いえ……王女閣下、私は既にイリス様に「本隊周辺の警戒」を命令されております。これより任務に当たります。イリス様は「やること」が出来ましたのでそれを済ませてから、我々に遅れてこちらに入ると思われます。詳細の説明はその際でお願い致します」


「判りました。確かに二度手間ですな」


「ああ、それと命令系統に組み込まれる前ですので、問題無いとは思いますが……オベニスから南へ走り、山脈沿いに旧街道を進むルートで騎士団規模の敵を発見、会戦致しました」


「は?」


「最初は山賊かと思ったのですが、あまりにも整然と隊列を組み攻撃をしてくるので、今回の作戦に関係する敵であると判断。イリス様が捕虜を取り尋問している時間が惜しいと言われまして。逃げた者は追わず、それ以外は全員殺しました。さらになんらかの再編が不可能な様に、馬も潰しておきました。ですので、そのルートであれば伝令が通じる……やもしれません」


 そう言い残すと消えた。存在が。極あっさりと。当然の様に。


「凄まじい……手練れ。強者だと思うのですが、ノルドの女強者……「召喚妃」くらいしか覚えがありませぬ」


「オベニス伯……イリス様は我が憧れの勇者ぞ……ここで彼女を失うようなことになれば……」


「姫様。幾ら憧れで「癖」が付いていても、様付けは問題です。心待ちにしていた、さらに言えば唯一の援軍が彼女なのです。戸惑うのは判りますが。ありがたく受け容れませんと」


「ああ、判ってる。こうなっては無事にオベニスへ送り返すことも難しいだろうしな」



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