0194:クリアーディ

「完全に嵌められましたな」


「ああ、まさかここまで腐っているとはな」

 

 メールミア王国第一王女、クリアーディ・リスリア・クレンバートは、砦の無骨な指揮官室でテーブルに肘を付いた。姫騎士装束に身を包んだその姿は、騎士団長として戦意を鼓舞するに相応しいが、現状ではいささか疲れ、くたびれていた。既に戦場において二十日以上も過ごしている。さらに、今後もどれくらいこの悪夢が続きそうか見当も付いていない。


「姫様、はしたないですぞ」


「はしたない、結構! 本来「姫」は戦場で、全方位の猪狼フェダウェイ状態になったりせん。これはもう、国という仕組みを投げ捨てた所業のせいじゃな。腹立たしい」


※全方位の猪狼フェダウェイ:この世界でのことわざ。四面楚歌と同じ様に、戦況が切羽詰まっている事を指す。いつの間にか逃げ切れぬほど囲まれているという意味。


「御意」


「奴らは国が大切にしなくてはならんモノを簡単に放り投げた。民も土地も、どちらが先か結論が出ぬくらい基礎中の基礎。これでは今後の王権維持に影響が出るということが判らんのだろうか?」

 

 金髪、ロングヘア、ストレート。顔立ちは……作りは悪くないのだが、若干キツメで女性的な艶やかさとは無縁の様だ。男性的とでも言えばいいのだろうか? だが意志の強さが顔に表れたその凛凛しさは、指揮官として配下、部下の受けは良かった。


 クリアーディ王女旗下の第三騎士団は約五十名の騎士と百名の従士で構成されている。通常の騎士団が騎士百名が基準と考えると、半数しか数が揃っていない。それもこれも単純に指揮官が王女、女という理由となる。女が指揮官の騎士団でいくら活躍しても、結婚して引退したらそれで終わり、女が騎士団を率いることなど出来るわけがない(物理的に)という理由で、そもそも人が集まらない。王女という立場が無ければ、この世界での女子はそれ以前から始まるのだから仕方が無いだろう。


 だがしかし、それでも、これは無かった。


「今にして我が邪魔になったということか」


「でしょう……というよりも、これまでは何らかの理由があったのやもしれません。「できぬことなし」黒の方に」


 メールミア王国南西の貿易都市セルミア。この地は古より、交易地として重要視されてきた。それを守るのはこの地を治める第一王女である。王領である以上、領兵が存在しない。


 自らが団長を務める第三騎士団と、セルミアのさらに南にある要所、ガバラ砦に王国騎士団がひとつ常駐することになっている。


 が。


 砦には、ここ数年第四騎士団が常駐していたのだが、一年ほど前、何の報告、連絡もなく本隊がいきなり消えた。引き上げてどこかに移動してしまったのだ。噂ではその後、魔族と戦い壊滅したと言われているので、その件で極秘に動いていたのだろう。


 その分の戦力不足は、第六騎士団が引き継いでいたのだが、第六騎士団は過去の不祥事以来、現状名ばかりで、騎士数も少なく、騎士団の体を為していない。元々、この方面の防衛は、かなり不安視されていたのだ。


 現在クリーアディ旗下の第三騎士団は、クリスナ公国が攻め寄せているという情報を得て、このガバラ砦で防衛体制を整えていた。そこにいきなりの多方面からの侵攻である。


 クリスナ公国が傭兵としてかなりの強者を集めたという情報もあり、領主でもあるクリアーティ王女は再三、王都に援軍、及び強者の雇用などを要請し続けていた。が。こうして、周辺国に攻め込まれて戦争が開始しても、王都からの返事は一切無かった。


 この状況で、最終的に予想されるのは、この地方の切り捨てである。目的は……。


「それにしても、我の首と共に、この地方まで手放すか」


「確かに少々解せませぬな」


 砦の司令官室。それほど大きく無いこの部屋、クリアーディの前には初老の騎士が立っている。薄い青のフルプレートは細めで、重装にしては多少華奢には見れるが、剣と盾を持ち戦場を駆ければ「多層」のバールと呼ばれ、幾千の剣技を使いこなすか計り知れないと敵に恐れられる強者である。本名はバール・ミゾン・レイダート。伯爵としての地位もあり、実家とは別に小さいながらも自らも領地を所領している。元々は第一騎士団副団長であった。


 クリアーディの母であるミナリア第五妃殿下は彼の妹にあたる。そのために、王女が子供の頃から剣を指南していた。王女が王領の一部を拝領し、領主になり、さらに王立騎士団を授かる云々の話になった時には、欠かせない副官となってしまっていた。


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