0193:「荒れ狂う鬼」「召喚鬼」

驚愕。


 それがその場にいた者たち全ての反応だった。第一隊の騎馬突撃……ということは、先陣を駆けていたのは、第一隊隊長の「鎧砕き」ボランシオーズだ。イガヌリオ連邦北方騎士団で最も勇猛にして突撃隊長でもある。


「ボランシオーズがどうしたのだ!」


「た、隊長殿は……初撃突撃で……く、砕かれました……」


「砕かれた……だと? ヤツには野生馬ボワンを与えたハズだぞ? ボワンは馬二頭分の巨体で……」


「ボワンも……その一撃の下に……ほぼバラバラに千切れ……」


「なんだと?」


「と、とにかく閣下、お引きください。ここに居ては危険です」


「バカな。「頑強」マルビーオがいないとはいえ、ここには「神速」クラシオンもおる。それに……傭兵はどうした? 「鬼殺」に「爆炎」「氷原」も居るではないか!」


「既に前に向かっております。ですが、念のために、お引きを!」


「ええい、五月蠅い! 我がハンクル家は武門ぞ! たった一人の女を相手に引いたとあっては末代までの恥!」


「ひ、一人ではございません……女の強者は二人おりました!」


「女がたった二人! 妙に強いのがいたところで!」


 その時。今度は軍中程。右翼の空が黒く染まった。


ギヒャーーーーーー!


 人のモノとは思えぬ悲鳴が、今度は至近距離で響く。


「こ、今度はなんだ……」


「じゅ、術の様です」


「中衛が! 第二騎士隊が!」


「なんだと!」


「クラシオン様が、敵の魔術で!」



 既にハンクル公爵の周囲、指揮本陣は機能していない。伝令がモノを伝えるが、それを的確に、冷静に分析できる様な人材がいないのだ。初めて感じる自軍が攻めこまれる状況に、全ての人間が平静を失ってしまっていた。

 

 遭遇直前。


 馬上槍を装備し、左右後方に駆ける騎士。重装騎馬とでも言える、自らが率いる陣容に、「鎧砕き」ボランシオーズは惚れ惚れとしていた。この行き先は触れるモノ皆破裂させるだけの暴力が詰まっている。隊長である自分の槍先の加減一つで、多くの人間の命の行く末が変わるのだ。こんなに面白いことが他にあろうか?


 なので、当然、前方に見えてきた敵影、たった二人。敵だろうがなんだろうが構わない。蹴散らして踏み潰すのが先鋒である自分の役目だ……と確信していた。

 

「バカがっ!」


 と呟いたボランシオーズの槍先が女に触れるかどうか……の瞬間、女の影に隠されていた、巨大な戦鎚が、ちら……っと見えた。が。その瞬間、彼は自慢の巨馬ボワンと共に圧倒的な暴力に四肢を爆裂させて即死する。


 さらに振り返しで巨大な鉄の塊が、その左右の騎馬を騎士もろとも文字通り粉砕する。どれだけの力、どれだけの瞬間速でぶつかれば……あんな風に千切れるのだろうか……などと後続の騎士たちに考えている余裕はなかった。


 さすがに一撃で爆散することは無くなったが、当たれば確実にその部分を抉られる。こんな攻撃、こんな衝撃は訓練などでも一度も教わっていない。というよりも。同じ人が繰り出しているとは思えない。そんなことを思い浮かべながらも、騎馬で突貫してくる騎士たちが次から次へと薙倒されていく。


「女の強者なんてそうはいねぇ……あれが「荒れ狂う鬼」……なのか? 三つ首竜退治の」


 傭兵の一人が叫んだ。自分たちの力の無さを隠そうとするかのように。


 そこまで来ると、さすがに現場の判断で行軍は止まり、僅かながら陣形を組み始めていた。直線的な騎馬突撃では抜けないというのであれば、包囲しかない。幸い人数差は歴然だ。


 が。中衛が大きく、包み込むように回り込もうとした瞬間、その先陣に向かって、黒い闇が襲いかかった。防御結界を張っていたにも関わらずそれすら喰われている。


 何十人という単位で闇に飲まれ、さらに溶かされ、消し去られる……。その凄まじい効果に、さすがの騎士たちも怖じ気づき始めていた。


 その黒い闇に……最前線に向かおうとしていた「鬼殺」「爆炎」「氷原」の三人の雇われた強者も巻き込まれる。


「グラナ、モドレリール! 退くぞ! こんな訳のわからない術……こいつは確実に……ヤバイ! 俺の知る限り、「召喚鬼」くら……」


 術に巻き込まれる直前に立ち止まった「氷原」ブリオンの目があり得ない者を捉えた。


「し、しょうか……本物かっ! 「召喚鬼」だっ! に、逃げろ! 全員死ぬぞ!」


 自分たちは一体、何と戦っているのか? その時初めて北方騎士団が認識した。


「荒れ狂う鬼……」


「召喚鬼……」


 遠い異国の強者の、しかも女の強者の噂。知っている者は少なかったが、どこにでもマニアはいるものだ。さらに魔術の専門家である、術士強者がそれを確認してしまった。


 その叫びがじわっと広がり……それを肯定するかのように、暴力の嵐はさらに激しく騎士団を抉り取っていった。騎士たち、従士たちが撤退……という方向へ、意識を変化させる時間は残されていなかった。

 


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