0192:飛ぶ馬

 前述の陣容で旧バルベルオ地方へ出陣したハンクル公爵だが、戦火を交える前に選択を迫られることになった。


 貿易都市オリエスを中心に、メールミア王国の最強の布陣、第一、第二、第五、第六騎士団、その他の領の騎士団という大軍……約2000が待ち構えていたのだ。


 これにはハンクル公爵も慌てた。幾ら自らがホレボレした陣容とはいえ、強者などの傭兵を含めても精々六百。その三倍近い軍容に、さすがに圧倒されたのだ。そこに突っ込んでいくのは愚か者の誹りを受けかねない。


 そんな時、この作戦の起点となった謎の交渉相手から、騎士団が集結するのを止められなかった旨の謝罪と共に作戦変更の提案を受ける。それには軍を南西へ展開してはどうかと記してあった。


 メールミア王国の南西、現在展開している場所から南へ下った地域にクリスナ公国が出陣を開始しており、そちらへの派兵は最小限に抑えることに成功した……ということだった。


 騎士団を率い、動かすには金や兵糧が必要になる。当然、北方貴族からの持ち出しは非常に多い。どう考えても、今回旧バルベルオ地方を取り返すことが出来ない以上、何らかの駄賃は必要だった。子供の使いでは無いのだ。軍を出しました。金や兵糧を使っておいて、何一つ成果はありませんでした。国境警備してきました。だけでは実際の損益以上に、自らの統率力に影響すら与えるハズだ。


 ハンクル公爵は即座に軍を転進。主な戦力がメールミア王国第三騎士団しか存在しないと伝えられた南西の戦場に向かった。


 妨げる者の無いそこで、連邦軍は街、村、施設という施設に餓鬼の如く襲いかかり、壊し、奪い、燃やし尽くした。街道沿いの住民の大半は避難していたが、逃げられなかった者達も多い。蛮族の襲来に近い行動に、王国民は震えた。


 情報通り、メールミア王国はこの南西地方、貿易都市セルミア周辺での戦いは、クリスナ公国軍に注目が集まっており、イガヌリオ連邦軍はイレギュラーだったようだ。存在自体が奇襲となっており、立ち向かってくる敵らしい敵も存在しなかった。村の警備隊や街の守備隊程度で抑えられるようなモノでは無いのだ。


 南西に転進して数日。いくつもの街、村を墜とし、向かうところ敵無しと隊規が緩みだした頃。その前方に数名の戦士、兵士が立ち塞がっているという斥候からの報告が上げられた。命令するまでも無く、ハンクル公爵は顎で進軍を指示する。


 数名の敵など、文字通り蹴散らせばいいだけなのだ。


 行軍スピードを下げることなく、前衛に置いてあった北方騎士団第一隊の騎馬部隊は、いつも通りに槍を前面に押し出して突撃態勢を取った。


 本来なら。騎士団の騎馬突撃に対して逃げない戦士に対して警戒するべきだったのだろう。斥候からの報告があった時点で、いったん移動を停止し、詳細を偵察。強者であろうと判断したなら、全軍で囲むよう布陣して物量で一気に押し潰す。これが最適解であった。


 だが、敵らしい敵に出会わなかった連邦軍には、実戦を経験したことのある者も少なかった。ハンクル公爵を補佐する軍監や参謀も、少人数過ぎたその敵を「取るに足らない存在」としか判断ができない。彼らの運命は……この時点で決まってしまった。


ドゴギギギギギギギゴガン……


 低く歪む……音が響いた。先鋒となっている前戦から音が聞こえてくる。その音が何の音か……判る者は誰一人居なかった。


「なんだ?」


グブァ!


 ハンクル公爵は馬上でそう呟き、前方に視線を向けた瞬間、自分の視界に見慣れないモノが映り込んできた。遅れてすさまじい風が顔を歪ませる。


「ベルマルク……馬は飛ぶモノだったか?」


「いえ、閣下……」


「では……アレは……なんだ」

 

 と言った瞬間にもう一頭。馬が飛んだ。それはもう軽々と、ポーンという風に軍勢からはみ出していく。そして風。そこで初めてこの風が、馬、いや、騎兵が空中に跳ばされる際に発生するモノだと結びついた。

 

「何が起こったっ!」


 そこに前軍から伝令が駆け込んできた。


「閣下、お引きください。強者……です。しかも途轍もない……女が!」


「女の強者……だと? というか、あの馬が飛んでいるのは……」


「はっ! 巨大な戦鎚で、我が第一隊の騎馬突撃を尽く……尽く……」


「バカな! そんなことがあろうハズが!」



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