0183:幾重ものしつこい謀略

 領主館の前。明らかに大きい円形の魔術式が広がっていた。


「こ、これは……」


「申し訳ありません、二人を始末した所、既に魔道具が起動していたらしく」


「召喚陣を起動する魔道具……くそ。こんな高価な物で……手の込んだ真似を」


 これ……魔道具なのか? まあ、そうか。魔物を召喚する魔道具……。道具で召喚した魔物は言う事を聞くんだろうか?


「くっ。しかも……詠唱中に中断……さらに破棄された上に……失敗した場合、自らの命を糧にさらなる英知を呼び寄せん……だと? ふざけるな。これでは……」


 えーと。えーと。ファランさんの口からなんか不吉な言葉が……。


「モリヤ、逃げるぞ。これはもう、どうにもならない」


「か、簡潔にお願いします」


(セタシュア、ミアリアを頼む。ギルド支部にいる領兵に伝令を。地上部隊全員と共に地下へ避難! 火災の鎮火活動を行っているミリアたちにもそれを捨て置いて、地下へ大至急避難をするようにと伝えて。燃えてても仕方ない。これは命令)


(は、はひ!)


「大量な生け贄が必要な禁術と呼ばれる召喚陣が幾つか確認されている。死霊術にも匹敵する極悪さだが、これは……そのうちの一つだ。何が呼ばれるかは私も知らないが……確か、奴隷の命を74名必要だったという記述を見た覚えがある。召喚術は元々、術者の力をいくらか超えた何かを呼び出すことはできる。が、様々な制限が加えられていて誓約や効果の減衰など、対価と見合ったモノととされている。なので、死霊術のように禁忌とされる事も迫害される事も無かったのだ。だが。これでは……というか、これは……召喚術を死霊術に貶める最悪の技だ。父さん……貴方が生涯をかけてやりたかった事は……こんなモノなのですかっ!」


 最後の方は呟きに近かったが……まあでも、聴こえるくらいの音ではあった。ファランさんの顔に……涙が浮かぶ。


 まあ、多分……腕を失ったせいで、イロイロと壊れてしまったんじゃ無いだろうか? ああいう挫折というか、絶望は、歳を取ってから経験すると、凶悪な殺意や歪んだ目的にすり替わっていくからなぁ。って、なんかの推理ドラマの主役が言ってた。


 既に全員強化術を使用し、走り始めている。ここからだとギルド支部から水路が一番速い。


「生け贄……74名ですか。でも、ここにそんな生け贄は」


「ああ、いないな。これを発動させる様に言われていた準強者の傭兵が二人、フリアラに倒された。それで……この召喚陣が起動した」


「倒さなければよかった??」


「いや……倒さなかった場合でもこの魔道具を起動した者、その周囲に居た者の命を奪う術式が加えられている」


「えーと、アレですよね、74名必要なのに2名しか集まっていない。足りないので別にどうにも……」


「2名でも生贄さえあれば、血が流れれば陣は起動する。起動さえしてしまえば……異世界に門を繋くことは出来る。そして繋がってしまえば、門を強引にこじ開けるような凶悪な存在が出現する可能性が高い。生け贄も用意できていないから、隷属することもできない。制御できない凶悪な存在だ」


「……最悪だ」


「この劣悪なやり方、あの男らしい」


「黒ジジイ……ですか」


「ああ。黒ジジイだ」


 さすが、大陸一の策士。陰湿にして執拗。念には念を入れるやり口。しつこい。


 今回の……策だって、地下迷宮に領民を大規模避難させていなかったら……傭兵団が近づいているという情報を手に入れて、準備が出来なかったら。都市の南は大規模な火災で燃え落ちている、多くの領民が死んだだろ。いや未だ燃えているし、さらに五百の傭兵の奇襲によって大惨劇になっていたのは間違いない。


「発動を止める……とか、消すとかできないのですか?」


「正直、これはもう、陣から何かが出現してからでないと対策を考えられない。が。もしも全く手に負えないレベルであれば……待ち構えるのは」


「ええ、安全策です。とりあえず、逃げて、様子を探りましょう」


「まずは地下へ」


 ギルド支部の建物は、地下へ急ぐ領兵で溢れていた。南門付近の消火活動はまだ終了していなかったのだ。


「ミリア、被害は?」


 領兵が地下へ入るのをチェックしていたらしい彼女の顔を見つける。


 彼女は単純に強さからいってオベニスでは二番手(うちの人たちを除くと)ということで、ロザリアの副官ポジションに就いてもらっていた。が、なかなかどうして、将としてキチンと領兵を率いてくれている。そちらの才も眠っていたのかもしれない。


「モリヤ様、火がまだ消し終わっておらず……」


「いい、いい。それよりも領兵の被害は?」


「戦闘時に魔術と弓にやられて1名死亡。15名が怪我。火が燃え広がった時にそれにやられて2名が死にました。あとは若干火傷を負った者がいる感じでしょうか」


「そうか。……それは被害が少なかったと喜ぶべきなのだろうね」


「は、はい! 領兵は全員、ここを守って死ぬつもりで城壁に立ちましたから」


 いつの間にか周りの領兵にも見られている。いやいや、まあ、うん、生き残って良かった。


「では、最後まで生き残ろう。この後、さらに酷いのが来る」


「ひどい?」


「ああ、説明は後だ。領兵を急がせてくれ」


「は、はい」


 自分たちも持ち出していた資料等をまとめて(ほぼ俺の収納に収めて)、地下へ急いだ。地下は……地上と同じ夜明けちょい前だったが、平和で静かな時間が流れていた。




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