0175:風裂

 ミアリアが監視していたのはヤツラの野営地からかなり離れた大きな木の上……だった。ノルド族は森での行動全般が異様に速い。俺が「繋がり」を辿ってその木の下に到着すると、上から飛び降りてきた。地形効果+50どころじゃないよな。絶対。


 あ、「繋がり」を辿るというのも、いつの間にか出来るようになっていた。なんだろう。


 感覚共有はレベルが上がるたびに確実に出来ることが増えてる気がするけど、使い続けていると細かく何かが出来るようになってくる……いや。いつの間にかじんわりとそれが染みこんできて当たり前の様に使えるようになっている。気がする。


 よく考えると、この辿るっていうのも、その人が「繋がれる」範囲内にいる→どこにいるかなんとなく判るようになる→その場所まで(既に行った人の跡をたどって)迷わずに行けるようになるって感じだったし。


「お館様、やはり、私が。完全では無いですが、私一人で……」


「今の体調で二人を同時に相手するのは厳しいでしょう? というか、ミアリアはこの後の傭兵団との戦闘で大活躍してもらわないとだからさ。俺がやるよ」


「……」


「心配なのは判るけどさ、ここから攻撃出来ると思うから。というか、ヤツラ、見えるよね?」


「ええ、今も監視してましたし」


 再度、見える所へ戻ってもらう。ミアリアは木を登って行った。「繋がり」を強くする。現状繋がっているミアリアの視界が自分の視界となる。


 夜目が利いているので闇の中に焚き火というか、熾火というか、小さい炎。その脇に2人の人間……1人は横たわっている。火を見つめて座っている男がネレチック、見張りなんだろう。


 この視界ジャック状態でのスキルや魔術の使用は、段階があるようだ。オベニスからでも「鑑定」は使用できた。が、魔術は使用できなかった。その差は判らない。単純に距離の問題かもしれない。


 時間をかけるつもりはない。一番練習した、一番信頼性の高い術を思い浮かべる。


 丸鋸型、ドーナツ型の刃が複数生まれる。出し惜しみは無しだ。今できる、最大の……ぐお。20超えた? そうか、多重処理が2になったせいか。ぐっ。吐き気がする。


 半分に分けて、二人にそれぞれ照準を合わせる。ダメだ。もう我慢できない。


(いけっ!)


 繋がりの中での掛け声と共に、「風裂」が舞う。貫け……ではなく、俺が与えた魔力が尽きるまで、対象を何度でも斬り刻めという命令を付け加えてある。


(お見事です……結界も一瞬で細切れに……)


 殲滅確認にはミアリアに行ってもらった。万が一に備えてか、術防御の結界の魔道具が使用されていたらしい。が。数の暴力に敢えなく散ってしまったようだ。


 スプラッタな惨状は予想通りだったので平気だったのだが、多重処理に負荷が行きすぎて、気分が悪くなってしまったのだ。情けない。というか、できる限りっていう注文がダメだったんだな。今度からもっとハッキリとしないと。


 術を使うたびに身動きできないレベルで気持ち悪くなってたらやってられない。


(持ち帰る……のは無理か)


(この規模だと……どんなに上手く隠蔽しても術士が見れば何があったかは一目瞭然です。ならば一帯を吹き飛ばしてしまった方が)


(あ、いや、俺が行って収納すれば良いのか)


(ああ!)


 ということで、ズタズタの死体、肉片に血液。荷物、野営跡まで、収納できるモノをごっそり全て収納して、帰還した。これで、ヤツラは事前情報を入手出来ないハズだ。


 あそこで待機していたという事は、それが非常に重要な役割だからだ。逆に言えば、あの二人以外でオベニスの情報を探っていた者はいないということになる。

 

 まあ、既に通信用の魔道具は使用されているだろう。ファランさんという最大の障害を排除した……という情報は大きいハズだ。


 つまり「漆黒の刃」はこちらの戦力ががた落ちしたと思って攻め込んでくる。それまでにファランさんが回復してくれれば御の字なんだが……。


 というか……まあ、予想していた通り、もうひとつおかしい事がある。既にイリス様たちに連絡は届いたはずだ。なんといっても虎の子であるモリヤ隊からシエリエが伝令に走ったのだ。彼女はセズヤの件でもそうだったが、癒し系の術が得意なので、探索や伝令に秀でてはいるわけではない。


 が。今のモリヤ隊の強者としてのレベルはかなりのモノだ。というか、モノらしい。確かに、術を使用して単独で駆け抜けるそのスピードは尋常では無い。


 つまり。例えイリス様たちが異様なスピードで行軍したとして。先に戦場に到着していたとしても「伝令に特化した単騎が追いついて、連絡出来ていないワケが無い」「それで急遽オベニスに引き返す」くらい時間は経過している。


 これはイリス様たたち、いやシエリエに何か障害が発生している可能性があると思った方が良いだろう。


 ちっ。これも黒ジジイの策だろうなぁ。万全だな、おい。こちとら元一般市民なのだから、いきなり守勢に入った時、そんなに沢山対策できるほど軍略が頭に入って無いんだよ。ちくしょう。


 だから事前情報の収集のために、王都周辺は特に警戒してもらっていたんだけどなぁ。


 地下に籠城するのは良い。が。籠城は援軍あっての作戦だ。それこそ、入口から奥へ順に焼かれて燃やされてしまえば、領民が全員死ぬ。……それは許されるもんじゃない。


 オベニスに戻り、気持ち悪さが抜けてくると、今度は自分が高揚感というか、変なテンションになっていることに気がついた。


 確かに……遠隔で、魔術とはいえ。自分の手で直接人を殺したのは……初めてだったか。興奮してなのか、今さら恐ろしくなったのか、手が震えてくる。自分で直接手を下した惨状も、回収のために直接目で確認している。


 イリス様、ファランさん、モリヤ隊のみんなと感覚を共有することで、こちらの世界のモラル、命の矮小さが理解出来ていると思っていた。


 ああ、これが現実か。他人の視界越しに見えていたモノは、やはり、仮想でしか無い。臭い付きで見る人で会った肉片は……自分で思っていたよりも重かったようだ。

 

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