0170:手の届く至高

 オベニスの代表者たちの反応は素早かった。


 一部急ぎ街を離れる者も存在したが、ほぼ全員が避難を選択した。今日、明日、明後日で運び込めるだけ地下街へ、荷物を移動させる。食糧の配給と破格の賃金を支払うことで、荷物の少ないスラムの人間を領で雇い、配送業務をさせることにした。


 これによって異常なほど素早く、簡易住宅への避難は完了しそうだ。スラムに暮らす人々は、何らかの理由があって仕事を得られなかった場合が多い。さらにいえば、突出した能力を持たない者も当然、多い。この世界は、まだまだ野蛮で原始的な暴力方面に特化され、弱い者は叩かれるという常識がまかり通っている。不平等極まりないが、それが常識なのだ。


 とりあえず、オベニスではその辺は公共事業で埋めようと思っている。全世界の困っている人を助けるのは無理でも、この街の困ってる人はなんとかしたい。本当は徐々にやっていくつもりだったのだが、周りが放っておいてくれないのであれば仕方がない。


 ファランさん、パトリシア、シエンティアに避難の具体的な指示をお願いして、自分は再度、モギ部屋に転移した。


 夜のうちに(待っていたら、外の時間に合わせて、きちんと夜になり、闇が訪れ、空には月明かり程度のぼんやりとした光が灯り……階層が照らされた。真の闇にするには別の設定をしなければいけないようだ)空き地だった最初の区画に大きめの館を2つ、ギルド事務所用の建物を5つ。大きい倉庫に簡易住宅をいくつか設定する。


 仮に用意した簡易住宅を含めた他の区画が完成度が高かったので、早急に手続き用の事務所や、役所の文官たちを地下へ移動させないといけなくなったのだ。


 現状は各代表者に簡易住宅の割り振りなどを任せているが、最終的には行政が制御しなければまとまらなくなるだろう。シエンティアはこの手の新規事業が大好物な様で、あっという間に区画の割り振りなどを指揮し始めた。


 オベニス在住の富裕層は少ない。元領主と共に、当時の富裕層は逃げ出し……尽く魔物に食い殺されている。


 その後、イリス様が領主になったことを知って引っ越して来た、移動してきた者ばかりなのだ。なので宿住まいも多く、屋敷を構えている者は非常に少ない。価値のある荷物や地下へ持ち込むべき対象はそれほど多く無かった。


 何よりも……非常に大きな屋敷に暮らしている者ですら手狭とはいえ、「ここまで便利な住宅」での生活はしたことが無かったのだ。


 簡易住宅を紹介して歩いた後で、避難中は無料としたのも大きかったかもしれない。本来なら、かまどや水道、シャワー、冷蔵庫など、全て魔石が必要となる。魔石はこの領の主要産業であることからも判るように、一般平民からすれば非常に高価なのだ。


 それを使い放題……としたため、避難速度が上がった……らしい。笑。まあ、「あまり使いすぎると、その一帯全部の施設が使えなくなる可能性がある」ので「節約するべし」という御触れは出した。


 で、実際には、簡易住宅のかまどや水道などの魔石が必要な部分はダンジョンのシステムから引き出されている……ようだ。つまり、ダンジョンポイントを消費している……のだが、現状、いくら使用しても減っていない。どころか微妙に増えている。


 ヘルプがちゃんとしていないので、良く判らないが、ダンジョンポイントは、ダンジョンマスターが消費するモノだと考えると……ダンジョンに冒険者がやってきて、そこで倒れたりすると上がるものなんじゃないだろうか? 転移前に読んだラノベにそんな設定のお話しがあった気がする。


 だが、現在まで人も魔物も血を流していないし、倒れて迷宮に吸収された者もいない。


 現状第二階層には冒険者……ではなくて避難民約1万人が、ただただ普通に避難生活を開始し始めている。


 でも、迷宮的には避難民も冒険者も変わらないはずだ。冒険者が迷宮で探索作業をするだけでもダンジョンポイントが上がるのであれば、そこで生活している避難民からもポイントは入手できておかしく無い。


 とりあえず、その辺が永久機関となるのであれば、オベニスの重要施設やメイン居住区を地下に設定するのも吝かでは無いのかもしれない。毎日晴れだから、洗濯物も普通に乾く。太陽光……じゃないと思うんだけど。



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