0160:ファラン・ネス③

 ファランが中空に描き始めたのは複雑な紋様。一つ描き終わるたびに、それが大きな魔方陣に組み込まれていく。完成したときには、既に五分以上は経過していた。


「答えよ、ハイルシードアン!」


 蛟のようなルシードアンという魔物が存在する。蛇に角と四本の足を生やした姿をしていて、常に毒を纏っている。その毒は非常に強力で、数匹存在するだけでその一帯の生態系は死滅してしまうという。


 ファランが召喚したのはその蛟のようなルシードアンの上位種である。下位種は蛇を母体にしていたが、上位種は蜥蜴を母体にしている。


 合計三十三匹のハイルシードアンが一直線に黒い塔を目指して移動し始めた。口元から次第にオレンジの蛍光色の煙が漂い始め、身体に纏い始める。オレンジのキラキラが白い身体に滲むように染みこんでゆく。


「ザコの百チョイはこれでどうにかなるだろう。私の魔力のほとんどはこれに費やした。あとは任せても良いのかな」


「ああ、任せろ」


「ハイルシードアンたちの毒は味方には効果が無いように調節してある。存分に突っ込め」


 イリスは既に駆け出していた。


 黒い塔の周辺は既に尽く甲殻猿アビアルナイトの死骸で埋め尽くされている。だが、甲殻猿アビアルの色違いが数体。そして巨大な甲殻猿アビアルが一体。ハイルシードアンとの死闘の末、生き残っていた。


 肩に担いだ両手剣を振り始める。手首の返しだけで遠心力を利用して頭上で勢いを付けてゆく。流派によって違うが、両手剣を振っている時は棒立ちになることが多い。その欠点を解消するためか、イリスは重心を下げ、歩幅を広げ、腰下だけで前へ進み続ける。


 最後のハイルシードアンが引き千切られた。生き残りは小さいのが数体。それと大きいの。である。


 イリスの構えは先ほどと全く変わっていない。ただ……手首の返しはほぼ目で追えなくなり、振り回している両手剣は明らかに最初の頃よりも旋回スピードが増している。質量のある鉄の刃が空気を斬る音。上げる唸りが、次第に激しくなってきている。


 その唸りに振れたモノは。尽く千切れ飛んでゆく。鉄も肉も甲殻猿アビアルという魔物の存在自体が細切れに斬り裂かれる。


 既に残っていたのは、大きいの。甲殻猿アビアルジェネラル、一体のみだった。それも、先ほどの毒で動きが鈍っている上に、振り回されていた両手剣に腕の肉が抉られている。


 大きいの。の得物は普通の片手剣だった。膂力の大きいレアな魔物は通常、その力を生かすために巨大で重い武器を装備していることが多い。なのに、敢えて片手剣。そこには理由があり、それを生かした技もあるのだろう。

 だが、今は。イリスという戦士の両手剣捌きを前にしては、それは一切通用していなかった。何よりも剣の長さの差が、直接的なダメージの差に繋がっている。

 自分の剣が通用するのに、躊躇するようなバカはいない。イリスは両手剣を切り返し、突きを加えた。何ごとも無かったかのように呆気なく突き刺さる。


 刺す、刺す、刺す刺す、刺す、刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す刺す……。


 それまで突きは全く見せてなかった。旋回する刃によって発生する武力に注意を向けさせ、隙を見せた瞬間に先取りして突き。


 とはいえ、少なくとも甲殻猿アビアルジェネラルはこんな簡単に剣を突き立てられる魔物ではないのだ。

 

「スゴいな、これは。技なのか?」


 ゆっくりと近づいてきたファランが驚愕の表情を浮かべる。


「ん? 今の突きか?」


「ああ」


 イリスは返り血で真っ赤になっている。


「大急ぎで刺した。反撃が厄介そうだったし」


「そうか」


 まあ、なんとなく判っていた。スキルを使用した感覚は伝わってこなかった。というか……。


「イリス。こういうことを聞くのは冒険者としてはタブーなんだが……お前、スキルは使わないのか?」


「ん?」


「いや、いい、そういう方針であるのなら」


「ファラン、スキルってなんだ?」


 こんなヤツとその先、生涯を通して長い付き合いになろうとは、ファランはこの時、想像もしていなかった。



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