0159:ファラン・ネス②

 だが。


「ならば、やろうか」


「イリス……」


「大氾濫で真っ先に犠牲になるのは街の、貧しい者たちだ」


「そうだが」


 それが何の関係がある? と思ったが口にはしない。イリスはこういうヤツなのだ。


(変な女だ)


 と思っている。すごく思っているが、正論である。


 さらに貴族の青き血、誇り高き者の義務を思い返せば、貴族、王族、民を率い、治める者はそうあらねばならない。そんな理想は努々守られていないわけだが。


 が。その立場で無いのにそれを口にし、行動する者は。


(バカだな。まあ、それに付き合っている私も大概なのだろうが)


 

 館は、貴族の持ち物としては小さく、研究者個人の所有物としては大きい程度の庭付きの館だったが、ギルドから預かってきた鍵で門を開け、敷地内に足を踏み入れた瞬間にその大きさが変貌した。


「敷地内……既にすべてが、か」


「凄いな。本当に迷宮になっているのか」


「かろうじて外壁に施された結界で浸食が止まっているだけだな、これは。いつ破裂してもおかしくない」


「ファラン、これをどうにかするには?」


「多分……どこかの迷宮に繋がった「濃い」何かがあるはずだ。それを破壊すれば切り離されるとは思うのだが」


 ふむ。とイリスが剣を抜いた。いつの間にか目の前に何匹もの鎧を着た猿が身構えていた。その姿はパッと見、人間の騎士に見えないこともない。


甲殻猿アビアル……しかも、剣に盾装備ってことは騎士階級じゃないか……」


「つまり……ここは、かの有名な迷宮の第二階層に繋がってるということか?」


「さすがにヤバいぞ? 大記録書架の第二層は「戻らず」の迷宮だ。いくらお前が強くても」


ザガシュ!


 激しい音。金属が金属を斬り裂く耳障りな音が響いた。


 イリスの両手剣が唸りを上げて、さらに回転する。再度の激しい音と共に、近づいていた甲殻猿アビアルナイトがあっという間に塵となった。


 迷宮で殺された魔物はドロップアイテムを残して塵となり消えていく。甲殻猿アビアルは討伐の証拠ととなる魔石(これはほとんどの魔物が落とし、見る人が見ればどの魔物のモノか判る)と、肝、脳味噌か。どちらも鑑定所に持ち込めばそれなりの価格で買い取ってくれたハズだ。


 何と言っても、第二階層の魔物なのだ。こんなに簡単に……それを初心者御用達の定番魔獣、草切り兎レガビーニーのように一刀両断出来るハズがない。


「イリス……お前、力を隠していたのか?」


「ん。隠しているつもりは無かったが?」


 そう……言われてみれば、これまで、イリスはほとんどの魔物を一撃で仕留めている。そんなシーンしか思い返せなかった。


 その冒険者の真の実力などは長期間パーティを組まない限り、イマイチ判らない。オーク集落の殲滅クエストや、大氾濫……あとは戦争でも無い限り、適度な比較など不可能だからだ。


 まあ、だからこそ目安になるのが冒険者ギルドのランクなのだが、それも冒険者自身が自分の実力を隠していたら、一切当てにならない。

 

「それを言うのならファランも「本気」では無かっただろう?」


「……」


 確かにその通りだった。ファランは冒険者として行動する際に、自分の最高峰の術などは使用しないようにしていた。自分には本当に倒さなければいけない敵がいる。それを倒すまではこちらの手の内を簡単にひけらかすようなことはしない方が良い。


「まあ、それに……ファラン、多分、さっきの門は……一方通行だ」


 振り返ったイリスが指を指した先……には、既に何も無かった。我々が入ってきた門や門扉、そもそも塀が消えていた。広大な荒れ地が続いている。振り返れば先ほどの館だ。


「あの館の……どこかにある、「力ある」何かを破壊すれば良いと」


「多分、あの館の形状だと地下室だな。地下に研究施設がある場合が多い」


 イリスの予想通り、迷宮に繋がっているのは地下の様だ。正面玄関から中に侵入した2人は食堂、書斎、主人の寝室など、様々な部屋を経緯し、敵を倒し続けてやっと館地下への階段に辿着いたのだ。

 

「つまりは……地下室がボス部屋ってことか。判りやすい」


「ここまで、甲殻猿アビアルばかりということは、ボスはコマンダーかジェネラル……の可能性が高いな」


「強いのか?」


「普通なら……ランク6が三パーティってところか。コマンダーでもジェネラルでも、配下を数十匹引き連れていることが多いしな」


「野営の準備をしていないからな……そろそろ一度街に帰れるようになると良いんだが」


 地下室の扉を開けると、そこは草原だった。まあ、館としてのイメージが強いので違和感があるが、迷宮はフロア毎に特徴的なフィールドが出現する。

 有名所ではヤジュル迷宮だ。第四階層が氷河氷山。第五階層が溶岩火山。さらに第六階層が吹雪の渓谷と続く、冒険者殺しと呼ばれている階層帯である。


 風が気持ちいい。草いきれ……ほどではないが、草原独特の臭いがここが地下室だとか、迷宮だという事実を一瞬忘れさせる。


「あの黒い塔……みたいなのが転移陣だろうな」


 草原の向こうに小さい黒い塔が見える。その周りに黒く蠢くのは……確実に敵、まあ、猿の軍団だろう。


「数十ではないな。百以上……か」


「ああ。だが……まずは減らさねばどうにもならんな」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る