0156:イリス・アーウィック②

 老人の言った小屋は、それほど大きくはないが、普通に家と言って問題がない造りだった。一人だと少し大きい……くらいだろう。石造りで屋敷と言うには少々飾りが少なかったが、無骨なりに良い味が出ている。


「奥の部屋がな、今は物置になっちまってるんだが、弟子がいた頃はそこに寝泊まりしてたからな。片付けりゃ寝れるハズだ。ああ、ベッドも置いたまんまだしな。自分の毛布くらいは積んであるんだろ? その馬車に」


 イリスが頷いた。

 

 とりあえず物置のベッドを使えるようにして、馬車から毛布や服などを運び込む。なんとか今日の寝床を確保できた……ところで老人にテーブルに呼ばれる。


 テーブルには二人分のスープとパン。焼いた肉が載っていた。


「食え」


「ありがとうございます」


 感じてはいなかったがよほど空腹だったのだろう。スゴイ勢いで食べ物が無くなっていった。そういえば、馬車にもまだまだ食糧が積まれていたことを思い出す。


「馬車に……食糧があります。どうぞ」


「わかった。明日にでも見せてもらうわ」


「名前を教えてください」


「ああ? 俺のか?」


「はい」


「爺さんでもいいんだが~ん~エルムだ」


「エルム様」


「様はいい。エルムだ」


「はい、エルムさん……」


「……お前はイリスでいいんだな?」


「はい。本名はイリス・アーウィックです」


「貴族様かよ」


「はい、いいえ、実の両親が生きていた頃はそうだったようですが、先ほど亡くなった偽の両親は貴族ではありませんでした」


「偽……うはーいきなりめんどくせぇなぁ。イリス、お前、かなりの膂力だよな? 剣もそこそこ使えるな? なぜ、さっき、猪狼フェダウェイと戦わなかった?」


「……封印で拘束されていました」


「魔術のヤツか」


「はい」


「で、偽の両親が死んで封印が解けて、拘束が解けた」


「はい」


「お前、10歳だよな?」


「はい。イリスです」


「おうおう……イリスな。すげぇな。俺が10歳の頃は無駄に木刀振り回してたぜ?」


 目の前の少女……は受け答えもそうだが、さっきの膂力は異常としか言いようが無い。


「まあ、乗りかかった船だ。イリス、お前の身に何が起こってここにいるのか教えてくれるか」


「はい」


 アーウィック男爵家はフェノナム連邦国の北の小領地を治める、新興貴族だった。イリスの曾祖父は傭兵団を率いて過去の戦争で活躍し、手柄を立てた。


 その褒美として団長であった曾祖父は男爵位を叙爵、アーウィックという土地を拝領したという。


 つまり、イリスの父がアーウィックを統治して三代目ということになる。アーウィックはこれと言った特色の無い土地で、貧乏ではあるが生活出来ないこともない……という経済状況だった。アーウィック男爵は領主として不条理な税を設定することもなく、無難な経営で民にも好かれていた。


 イリスが8歳の時にそんな領で魔鉱石の鉱床が発見された。魔鉱石とは魔物から剥ぎ取れる魔石を凝縮した超魔石と思って間違いない。通常の魔石でもそれなりに価値があるのだ。魔鉱石は同じくらいの大きさの魔石に比べて、その数十倍、数百倍の出力を抽出できた。つまりは、とんでもない新エネルギーなのだ。


 そんな魔鉱石鉱床が見つかったために、アーウィック領は大貴族たちを含めた連邦国の権力者たちの激しい争いに巻き込まれてしまった。


 鉱脈発見から数カ月後。アーウィックの街は魔物の大氾濫によって壊滅。さらにそこで領主館から謎の出火。その火は街全体に広がり、一面焼け野原となってしまった。


 その責任を取る形なのか、イリスの両親は自らのミスにより火を放ち広がったとして、打ち首にされ、晒された。親の代から仕えてくれていた部下も連座として同罪。さらに領地は王家によって没収。直轄領に組み込まれる。


 イリスは当時未成年という事で連座は免れたが、遠い親戚を名乗る夫婦に引き取られ、養子縁組を登録された。新生活が始まった数日後、イリスは新しい両親に封印によって拘束され、馬車に詰め込まれたのだ。


「私はクリスナ公国のとある貴族の第二十夫人として嫁ぐことになっていました」


「第二十夫人……いや、そりゃタダの愛人で奴隷だな」


「そうかもしれません。そもそも、あの二人はうちの親の親のさらに離れた親戚というレベルでしたから」


 つまりは売られたということなのだろう。元貴族の少女。それが奴隷として手に入る。接触による肉体的な関係は存在しないこの世界でも、美しいモノを愛でたり、それを打ち据えて加虐的な愉悦に浸る……という偏った趣向を持つ者も少ないながら存在する。


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