0157:イリス・アーウィック③

「で。どうする。どうしたいよ」


「それが……判らないのです。なので、拘束されたままでいました」


「へー。というか、お前、何かスキル持ちなのか?」


「判りません。ただ、父は先祖返りだと言っていました」


「その、傭兵団のか?」


「はい、曾祖父がスゴイ怪力の持ち主だったと」


「通り名は?」


「「千人斬り」セザン」


 ユーグラット傭兵団という伝説の傭兵団を組織し、連邦国の関わった戦争で戦場一つを自分たちだけで制圧したという。


 ガタン。エルムは椅子から立ち上がっていた。無意識だったかもしれない。


「そう……か。ああ、そうかもな。これは……運命かもしれん。俺の名前はエルム。エルム・オリセラという」


「……「戦争潰し」……」


「おうよ。知ってたかい。そう呼ばれたのはまあ、若い頃だが。ってことは、俺がそう呼ばれた経緯も知ってるな?」


 イリスは頷いた。


「俺がそんな分不相応な通り名で呼ばれるようになったのも、お前の曾祖父のおかげだ。というか、セザンの旦那は、傭兵団を解散した後、貴族になったとか、旅に出たとか聞いたっきり、その後一切噂も聞かなかった。そんなことになってたんだな?」


「曾祖父は土地を得た時に名を変えたようです。通り名が呪いとして付きまとうことも多かったそうですし。貴族名はドノバン・アーウィックとなっています」


「……そうか。そりゃ探したところで追えないハズだ……」


「戦争潰し」エルムは連邦国南のベネルビア沿海州連合設立の原因となった、小国戦争と呼ばれた10年に及ぶ長期紛争を終結させた強者として有名である。


 その小国戦争にエルムは傭兵として単独で参加していたが、彼が戦争末期に20人もの強者を討てたのは、セザンたちユーグラッド傭兵団が主戦場の「バザナム島の戦い」を派手に継続し、エルムの単独行動を目立たなくしてくれたからなのだ。


「イリス、お前には悪いが、恩を返させてくれ。あの時、ユーグラッド傭兵団は、自分たちだけでやろうと思えばやれたんだ。なのに策を思いついたというだけで、俺に、手柄を譲ってくれた。セザンの旦那は……そういう人だった」


 イリスには表情が浮かばない。というか、あまり表情が変化しない。感情の起伏に乏しいようだ。


「こんな場所、こんな小屋でよければいつまでいてくれても構わない。ここはイーズの森域の主、イーズの森のノルドに許可を得て住んでいる。俺は四分の一くらいノルドの血が流れてるらしくて長生きだが、そろそろ頃合いでな。俺がお前を後継者だという証さえ残せば、お前が死ぬまで住んでも問題無いハズだ」


「お前は……何をしたい? これから何を求める?」

「……判らない。イリス」

「判った。イリスはそれを求めるためにここで剣を振れ。俺が伝えてやれるのはそれくらいだからな」


「ん」


 イリスは修行を始める。伝説の強者の指導は厳しく、尋常なモノではなかったが、持ち前の才能なのか、彼女はそれを乗り越えた。


 五年後、イリスは一度、アーウィックの名を捨て、モールマリア王国出身の孤児という偽造経歴で冒険者としての活動を開始する。アーウィック領取り潰しの件は明らかに国ぐるみでの謀略であり、彼女が他国へ奴隷として売られたのは、明かな口封じでもあったわけで、生きていることが判明し、下手に目を付けられたら面倒なことになるかもしれないという師匠からのアドバイスに従ったのだ。


「で? 何か見つかったのかい?」


「誰かに何かを頼まれて、それをどうにかしたときはうれしい」


「ほほー……そりゃ、ちと難儀だな」


「そうか」


「まあ、信じられる仲間はいた方が良いかも判らんな。お前は色々な意味で書類仕事に向いてねぇ」


「ん」


「じゃあな。旅は戦争と一緒だ。何が起こるかわからねぇ」


「判った」


「元気でな」


「ん。そのうち、遊びに来る」


「ああ、それじゃあな」


 イリス・アーウィック・オベニスはそれ以降、イーズの森域に足を踏みいれていない。ただ単に……そのうち帰ればいいだろう……と思っているからだ。



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