0155:イリス・アーウィック①
少女は……気がつけば森に1人、立っていた。周囲には元々は一家の全財産を積み込んだ馬車だったもの。残骸が散らばっている。
「お前、生き残っちまったのか。歳は?」
いきなりかけられた声は、男。しかも年老いた男の声だった。右手には片手剣。ヌメヌメと絡みついた魔物の血液が光っている。老人は木こりでも無く狩人でも無いようだ。森を歩くのに片手剣一本。さらに、防具も着けていない。この辺の村の人間には珍しい、ボタンの付いたシャツを着て、細身のズボンを履いている。
そう。両親と馬車で目的の街へ急いでいた少女は、
少女は両手の指を広げた。
「そうか。10歳、か。親は……両方とも殺られちまったと……。まあ、なんだ、残念なことで……いや、違うな、おい、お前、俺はこういうときに上手いことが言えねぇから許せ。傷付けちまったら、すまねぇな……この近所に一人で住んでるんだ」
イリスは首を横に振った。男から、不器用だが、同情の心遣いを感じたのだ。自分もそういう気を使ったりするのが苦手なので良く判る。こんな時……父と母を食い殺された10歳の少女に対して何と話しかければいいか……なんて自分でも全く判らない。
「イリス。お前じゃ無くてイリス」
「おお、そうか、イリス。で。どうするよ。とりあえず、ここで見捨てるってのは世捨て人と呼ばれる俺でも気分がな、悪い」
「……」
「……ふう。いつ出て行ってもいいから、うちへ来るか?」
少女が頷く。助かったとか、良かったとかそういうモノでは無く……自然に首が縦に動いた様だった。
「着替えとか、まだ使えるモノなんかは自分で拾え」
イリスは馬や父と母の血が撒き散らかされている家財の中から、まだ使えるモノを馬車にまとめ始めた。
「おいおい、その馬車ぁ……まあ、確かに壊れちゃいねぇし、俺の小屋まで道もあるが……馬はやられちまってどうにもならねぇぞ?」
「大丈夫」
「お、おう、そうか」
老人はイリスのすることをボーッと見守っていた。
「どっち?」
「あ、ああ、こっちだ」
老人が示した方向に道が続いていた。襲われたのは丁度、街道と山道の重なる、Y字路になった場所だったようだ。
「ん」
イリスは馬車の前面、誘導根と呼ばれる馬と馬車を繋ぐクランク部分に繋げられた皮帯を掴み、グルグルと自分の身体に巻き付けた。馬自体は既に、引きずられて運ばれてしまっている。
「……お前、腹帯……というか、馬具を外し……いや、叩き切ったのか?」
老人は初めて、少女の腰に短剣が佩かれているのに気がついた。
「馬車を守らないと、と思った。馬は守れなかった」
「そ、そうか、というか、引きずられて、馬車が壊れるのを防いだんだな?」
「ん。お前じゃ無くてイリス」
「あ、ああ、イリス……それでどうするんだ? そんなグルグルにしちまっ」
ミシ……ミシシシ……と車輪が回り始めた。イリスの足が道に跡を付ける。小さな足に異常な力が係っている。
「おいおいおいおい……運ぶのかよ?」
「そんなに遠くない?」
「あ、ああ。歩いて……半刻くらいだとは思うが……マジカ」
イリスの足がゆったりとしたモノから、スタスタというレベルに引き上げられた。指示された道を進み始める。
「おいおい、本当かよ……」
明らかにまだ少女といった女の子が、六人は乗れる箱馬車を牽いて歩いて行く。いや、既に普通に歩くくらいのスピードが出ている。かなりの加重で上から押さえ付けないと、上手いこと牽けないハズだ。足腰が強い……というレベルじゃ無い。
「おもしれぇ」
老人は、イリスの跡を追い始めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます