0140:説教

 王が頭を下げた。いくら軍師の師に対してだとはいえ、王から頭を下げての挨拶は軽くない。


「ああ、いい、いい。そんなフリをしなくて。くくく「召喚鬼」と呼ばれる数の方が遥かに多いからね。若き荒き王よ。ただ忠告しておくよ。セズヤは諦めな。いいね」


「なっ、何を!」


「奴隷将軍」はイマイチ判っていない。オーベさんがさっきの襲撃犯、我々の一員だということを。あのやばい範囲魔術は見てないしね。


「判り……ました」


 軍師が愕然とした顔をしたまま、呟く。元々あまり良くなかった顔色が一層白くなっている。がくがくと、膝をつきそうな感じだ。


「ここにあたしがいる時点で察しな。このあたしが……命令もされていないのに伝令としてここに来たんだ」


「し、師匠……で、でんれ……ということは……そんな、バカ、な」


「ああ、バカ弟子よ。うん、その通りだ。わたしなんて比べ様がない化物がいるということさ。世界は広いさ。しばらく……数百年は仕えてもいいさね」


「え、がっ! な。し。そんな」


 ミルベニは顔色ではなくて、顔自体、表情自体が変になっている。まともに声が出せないのか?


「そこのデカい……「奴隷将軍」だったか。見たろう? 騎士が騎士として死ねない惨状を。あれをここでもう一度撒き散らかすかい?」


「し、師匠! り、りり、了解しました。判りましたから、ここはお引きください……わざわざこうして出てきてくださったということは、退いて下さるということなのでしょう?」


「ああ、そうだね。弟子を何も言わずに潰すのはさすがに夢見が悪い……若き荒き王よ」


「なんであろう、召喚妃殿」


「急いたのは仕方あるまい。だが……アンタは女子供を泣かせ過ぎた。後悔しな。理詰め、数字で安易にそこのバカ弟子の策に賭けたんだろうがね。戦場で戦士が死ぬのは構わない。だが戦士以外の者たちの戦う覚悟を甘く見過ぎだ。復讐が終わった所で、即国を富ませようと動いていたら……運命は大きく変わっていただろうね」


「くっ」


 王の顔も歪む。まあ、判ってはいたのだろう。セズヤへの短期間での侵攻は無理があることを。強引に事を進めていたことを。


「それで、よいね?」


 あっ! シエリエに向かって顔を向けた。目が合う。城壁の端で立ち上がる。認識阻害が解除された。


「なっ、既にこんなところに斥候が!」


 将軍、軍師、王の視線もシエリエを見つけた。まあ、うん、ここは頷くしかないか。もうちょい戦力を減らしておきたかった気もするけど。


 シエリエが頷いた。それを確認したオーベさんも頷く。


「ではな、ミルベニ。死霊を使わなかったのは褒めてやろう。だが、それだけじゃな。ちょいと猛者が集ったせいで図に乗ったね。アンタの策は机上で数字で脆すぎる。アレじゃ今後……勝てるモノも勝てなくなるよ? もう少し汗を流して勉強しな」


「……はい」


 そう言うとオーベさんはその場から消えた。っていうか……気配をとか、そういうレベルじゃ無くて、文字通り姿が消えたのだ。

 

 ひょっとして今のが転移……の術なんだろうか。魔道具で転移があるのは既に判っているし、そういえば、短距離のモノなら使えると言っていた様な。


 その後もシエリエにはこっそり、王と共に撤退する騎士団を追ってもらうことにした。これ以上の策は無いと思うが……まあ、うん、念のためだ。


「モリヤ……撤退するか?」


 いつの間にかイリス様と、ミアリア、アリエリが、俺の側まで戻ってきていた。


「シエリエには状況が落ち着くまでこっそり、こっち側に残ってもらうことにしました。オーベさんは……」


「ああ、すまんすまん、待たせたか?」


 ぬ! もう? 早っ! これはスゴイ……転移とかだろうか。


「イリス様、オーベ師が交渉してくださいました。この国に関してはここまででいいでしょう。軍師とお知り合いだったのですね」


「すまんな、ヤツが弟子であることを隠していて」


「構いません。確かに、これくらいが頃合いかもしれませんし」


「それは何より。すまんな」


「いえいえ……それにしてもあの術……ちょっと質が悪いですよね」


「くふふ。まあ、そうじゃな。見た目的にも、性能的にも女神の聖職者の前では使えぬ術じゃな。邪教徒確定じゃ」


 まあ、うん、こういう遭遇戦、そしてあれくらいの使用であれば問題無いだろう。こちらの情報もほとんど漏らしてないし、そもそも、オーベさんの所属もセズヤであるかの様な立ち位置のまま、否定しなかった。

 この世界、情報の伝達にはタイムラグがある。このあと、セズヤ側からうちの領に移動して、そこでファランさんと会って……なんて風に言えば、誤魔化すことは可能だし。


 子弟の関係があって、監獄に入れられてるって聞いていて、それで注意してたらいきなり軍師とか伝わってきて……と考えると、心配する気持ちも判るしな。


 何よりも……この人の実力がヤバイ。ハイノルドが、ノルドの上位種、エルフのハイエルフみたいなもんなんだということは良く判った。いや、エンシェントエルフかもしれない。範囲攻撃はファランさんレベルの上に……アレが転移の術なら、戦力的にもこの世界でも最高峰の1人なんじゃ……。


 彼女の召喚獣である水彩竜「最果てのオーベック」は人語を解するというし。だって彼女、その竜さんのアドバイスでオベニスに来たって言ってたしな。


 もう少し慎重に……でも、確実に味方になってもらわないと、ヤバイのかもしれない。帰ったらイリス様とファランさんによく相談しよう。


 騎士団の装備や物資を適当に指輪の収納に収めるだけ収めた。金属類は重要な戦略物資だからね。遺体はオーベさんが開けた穴に放り込んで燃やして、土で埋める。


 ということで、ここまで計算通り。あとはもう撤収。光の速さで撤収。こちらも一目散に退散するに限る。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る