0138:オバルの街

「奴隷将軍」ゴバンは、「剣聖」ホウジョウの命により、敗走を開始していた。まだ、それほど離れていない所に、壊滅状態で逃げている騎士たちが走っている。正式装備として採用された鎧一式は中途半端にもげていたりする者も多い。生き残っているのは……半分……いや、三分の一に満たないかもしれない。


「急げ! オバルの街には王と後続の者たちが到着しているハズだ!」


 ゴバンの声に騎士たちはなんとか、逃走を再開し始める。馬なども何頭かは戻ってきてる。無傷だったらしい従者たちが手助けをしていた。


「将軍!」

 

 ボロボロの鎧。右腕に包帯の様な布を巻き付けた、騎士が駆けつけた。


「おお、サーレッド副長か。まずは王に現状を伝えねばならない。馬を貸してくれ」


「はっ! し、殿しんがりは……」


「師匠……〝剣聖〟殿が引き受けてくださった。その思い無駄には出来ぬ。すまぬ、本当なら私がお前達を守らねばならないはずが……」


「いえ! 王を。まずは王にご報告をお願いします。下手な伝令では信じてもらえますまい」


「ああ……そうだな。襲い掛かって来たのは女二人。いや、監視にもう一人いたかもしれぬが、直接攻撃を仕掛けて来たのは二人で合っているな?」


「……いえ……」


「なんだ?」


「一番最初、急襲されたのは……緋の騎士団……でありました。得体の知れぬ範囲魔術によって半数以上が消失しました……つまり、あの場にはもう一人、うちの魔術士の常備防御結界を吹き飛ばせる、強大な力を持った魔術士がいたはずです」


「くっ……それはそうか。数は欠けてはいたが……二つの騎士団、精鋭がいたのだからな」


 副長の元に轡を引かれた馬がつれて来られた。


「将軍、とにかく王の元へ」


「おう」


 実際に……アルメニア騎士団の運用は分散されて行われていた。純粋に「使える」「優秀」な子飼いの戦力が少ないためだ。そのため今回はセズヤで大反乱、橋が落とされ連絡が取れない中、王自らが乗り込み、情報収集とセズヤに残されていた自国軍の救援を短期集中で行う予定だった。


 そのため、防衛のための最低限の部隊を残し、それ以外の騎士団員全てが、あの国境際の野営地に集結していたのだ。


 さらにそこに各方面で睨みを利かせていた、「奴隷将軍」「剣聖」「魔剣士」の三名が加わる。征服国としては盤石の編成といっていい陣容……になる予定だったのだ。


 まあ。それだけの三人が揃っていてなお……逃げるしか術が無い状況等、考えていなかったのだろう。


 確かに。イリス様を足止めする、さらに「剣聖」の攻撃は何度かかすっていた。それは、油断すればやられていた可能性すらあったということだ。


「あの師匠が……尊大で偉大で、傲慢で、最強だったあの師匠が。私が盾としての能力を極めようと思ったのは、剣として己の生涯かけて修行をしたとしても、この人に追いつくことは不可能だろうと、諦めたからだぞ?」


 ゴバンが必至の形相で馬を駆るその後ろ。森の木を利用して視覚を確保しながら術で強化されたシエリエが追跡している。感覚は「繋がった」ままだ。


 視界の先に城砦都市……人口の規模は……オベニスより小さい。門も2つくらいか。ここがオバルかな? アルメニア側で大渓谷、現国境に一番近い街だ。


「かいもーん!」


 ゴバンが叫んでいる。まあ、当然だが、門兵は顔見知りなのだろう。多少の誰何の後、門が開けられた。この大門……通常から閉ざされているのだろうか? 緊急時だからか?


 シエリエが再度術をかけ直して、城砦の端から都市内部に入る。城壁……これ8mくらいあるだろ、絶対……っていう高さをモノともせず、跳躍する。敵国、しかも軍事行動絡みで限界警戒中だろうに……大丈夫……なんだよな……。まあ、その辺は馴れてる彼女の判断に任せるしかないんだけど。

 改めて俺は……彼女たちにどれだけ危険な任務を任せてしまっているのかと反省する。敵地潜入の緊張感がダイレクトに伝わってくる。


 城砦都市の建物はかなり強引な増改築を繰り返したのか、この世界にしては高層の建物が歪に入り組んでいた。うわー。これ、東南アジア系の入り組んだ街とか、そういう映像だな。ああでも、こっちの方がカッコイイか……北国だしな。でもこれ、構造的に弱くないのかな? 雪とか平気なのかな。


 ゴバンが操る馬は門を抜け、奥、都市中央部の奥にある大きな屋敷に向かっていた。建造物の配置がオベニスに似ている。まあ、城砦都市とか、この世界の都市の重要な建物の配置などは似通った感じになるらしい。

 明らかに領主の館であろうその豪華な家は、門の内側に巨大な庭園というか、駐車場、練兵場? があるようだ。そこに、数十名の騎士が馬に乗って待機している。


 ってシエリエはその館の門もなんてことはない感じで乗り越えてしまった。平気なんだよね? 危なくないよね?

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