0137:剣と共に生き

名前:ホウジョウ・××××

ヒーム 男 腕力がなんとなく高め。

剣術、刀術、馬術


「くそがぁ!」


 ボロボロになった青竜刀を手放したホウジョウはいつの間にかロングソードを手にしていた。その辺に落ちていたモノを拾ったのだろう。


 そこに。退いたそこに、戟の先端、槍斧部分の突きが繰り出される。空気の壁にドリルで穴が空くかのように、回転しながら、戟が何度も突き出される。

 それを避ける、弾くたびに、ロングソードの刃が削れていく。金属が削れるのだ。槍や棍を放つときに回転を加える、漫画なんかで螺旋の力はスゴイって見たことがあるけど……さすがに、これはスゴスギだろう……。


ビチィ!


 右肩の端が抉れた。多分、擦っただけだが、血がはじけ飛ぶ。鎧も服も何もあったもんじゃない。それでも……すでに刃はボロボロ状態になった剣を振り回し、丁寧に戟の軌道が変えられていく。これも……スゴイ。人間業ではない気がする。ああ、本当にスゴイ。剣聖の名前は伊達では無いのだ。


 イリス様の手が止まった。


「次で決める。別の剣を持て」


「おうおう、お優しいことで……」


 といいつつ、ホウジョウは……平然とした顔をしているが。汗は出ている。身体はボロボロのハズだ。


 素直にゆがんだ剣を捨て、足下に散らばる騎士の残骸から、また同じ様なロングソードを拾い上げた。まあ、騎士団で使用する武器防具は同じ規格のモノが多い。コスト的に。今、二人が戦っている辺りにはイリス様が薙倒した黒の騎士団の屍が多数、横たわっている。


「はぁあああああっ!」


 裂帛の気合と共に、イリス様の足運びが……変わる。これまで細かい……ステップのような、小さい歩幅であまり踏み込まなかったのが、いきなりのすり足。


 すーすーすー、じりじりとにじり寄る。上体は安定したまま。自分の間合いを求めて、微調整を繰り返す。相手との相対的な距離を如何にコントロールするかだと思う。


 正直、二人の駆け引きは上級者同士過ぎて、俺には分析出来ない。ただ。そのジリっとした数ミリが、数年の修行に裏付けられているのは確かだ。


 激しい斬り込み。そしてそのフェイント。角度と向きで二人の軌道が大きく変わる。


ドン!


 不意に。イリス様が動いた。踏み込み。まるで拳法で体毎突っ込んだみたいな……たった一歩で大きく距離を詰める。すり足と共に上体が低くなる。それに合わせて、片手で戟。横から殴りつけるように振る。遠心力を超えた腕力で勢いを付けられた戟は凄まじい勢いでホウジョウに肉薄する。


 ホウジョウは剣を盾にして、その一撃を受け流そうとする……。


グホッ!


 肉が歪む……嫌な音が響いた。鈍器で魔物の頭を潰した時の様な……盾にしたロングソードと共に、ホウジョウの身体が折れ曲がっていた。多分、剣で避けた上に逆方向に飛んだのだ。だが。それを。イリス様の空いた手が、それを軽く防いだ。……のだと思う。ホンのちょっとの抵抗。だが、それは大きなダメージを与える事になった様だ。


 一瞬の停滞。そこに戟が食い込んだのだろう。後ろに飛ぶ。唯々、そのダメージを抜くために、相手から離れる。剣聖とは思えぬ動きだが、だからこその剣聖なのかもしれない。


「剣を」


 吹き飛んだホウジョウはギリギリで膝を突かなかった。ダメージはほぼ抜けていない。ここまで来てさらに「信じられない」という目をしていた。確かに、今の……一撃はこれまでの一撃と違っていた。


「お、おまぇまだそんな一撃を。そして動きを止めた逆の……手は……一体……」


 といいつつも、覚束ない身体、手は再度、落ちていたロングソードを手にする。


「剣と共に生きたのであれば、剣と共に死ね」


「おうおう……ありがてぇこったなぁ」


 ホウジョウも構えた。多分……最後の気力だ。それまで痙攣していた身体がピタッと止まる。力が抜けた良い構えだ。正眼から、右下に若干刃先を落とした中段の構え。それが彼が一番得意な、一番練習を重ねた基礎なのだろう。


「ああ……この構えから素振りは……何百、何千、何万回やったっけな……ちっ。悔しいなぁ。畜生。もっと振れば良かった。酒なんて飲まねぇで」


 再度、イリス様のすり足からの挙動が開始される。さっきのタイミングで振られる戟……と思った瞬間、逆足をすって、体を入れ替え、逆からの斬り上げが剣聖を襲う。


ゴ……


 勘か、運か、いや、経験則だろう。それだけ、彼は剣を振り続け、戦い続けていたのだ。見切れるはずのない、逆側からの一撃を、フェイントに惑わされずに押さえ付ける。剣の刃が戟の柄に突き刺さる。


「ぐう」


 が。剣がはじけ飛んだ。既に支える身体が耐えられなかった。そのまま。そのまま。戟の刃が胴を薙いだ。千切れるように……上半身と下半身が別方向に吹き飛ぶ。


 だが……かろうじて残った左手は……潰れへしゃげたロングソードを握ったまま離さなかった。


 剣聖と呼ばれた男の最後は……最後まで剣と共にあった。



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