0136:殿(しんがり)

「ちっ……ここまでか……おい。ゴバン! こりゃぁ……だめだ。お前、アーガッドと合流してさっさと尻巻いて逃げろ。ここは俺がなんとかしてやる」


「! し、師匠!」


 ゴバンの大きな声が悲痛の叫びを上げる。既に大半の兵は彼らが来た方向へ引き始めている。確か、都市があったはずだ。


「退き戦、しかも殿であれば、自分が! 盾になります」


 ゴバンが置いてあった大盾を手にした。


「いや、おめぇじゃ無理だな。さらにいえば、ここにアーガッドが来ちまったら、こいつらにまんまとエサを与えることになっちまう。王を失った国……特にうちの国がどうなるかわからねぇお前じゃあるまい?」


「我が王……が? 我が王と師匠がいて、届かぬと言うのですか?」


「ああ、無理……だな。こいつら……それに……まだ、なんか隠してるだろ。絶対」


「で、ではなおさら、師匠が」


「うるせぇ、お前の悪いところはグチグチとしつけぇとこだぞ? まあ、長所でもあるんだろうが」


ズガガガガガッガガガ!


 少し離れた場所で、アーバック、決死の爆発が起こった。はじけ飛ぶように後ろに下がる。魔剣士が丁寧に用意した最強の切り札は、対峙していたミアリアには届かなかった。


 彼女の短剣が。最後のセリフと共に……自身の最強の技でアーバックの首を落とす。


「な? アーバックが、「魔剣士」と呼ばれた男が為す術無く、あっさりと首を取られた。しかもだ。あっちのノルドより、こっちの槍女の方がはるかに強ぇ」


「アーバック! 無念!」


「判ったら、急げ。俺だってアイツらが二人で来たらどうにもならねぇぞ?」

 

 ミアリアは膝を着いていたが、すぐに立ち上がった。牽制のポーズを取る。しばらくは戦力にならないどころか、狙われればウィークポイントになる状態だろう。が、それは彼には分からない。


「し、しかし、ならば、なおさら師匠が……」


「バカ。しつけぇ。おめぇじゃ、こいつ一人も止められねぇから言ってんだろ? それにな……アーバックは俺の一番弟子だ。アイツが目の前で首取られて、俺が! 俺が! 仇を取らねぇで誰が取るんだよっ! ……急げ」


「は、はいっ……」


 奴隷将軍ゴバンがその大きな図体のわりに軽やかで素早い動きで、踵を返した。


「追わぬよ。だから、気にしなくていい」


「そりゃありがてぇ。まあ、守るとか、かばうとか、元々苦手でな」


「しばらくはセズヤに、いや、外に攻め出せぬようになるなら、それでいい」


「ほ〜なんだ、うちのうるせーのみてーな知恵も有りやが」


 台詞が終わる前。息を抜く瞬間。不意の一撃。


 え? という間合いだ。虚無。気合とか殺気とか、そういう戦いで発生する気を一切放たずに、意識も無く、なんの気負いも無く繰り出される一撃。多分、俺なら何てことは無く今の一撃で胸を貫かれていた。

 

「はっはー! こいつも、こいつも止めるか!」


 跳ね上げた石突きは青竜刀の刃を受け流していた。イリス様も……そんな意識が無かった。と思う。少なくとも伝わってきていなかった。

 多分、無意識のうち、だ。反射神経のみで、あの無拍子とも言える「人の認識の外側」からの攻撃を弾いたのだ。ちなみに、目は完全にホウジョウがミアリアに手を出さないか、警戒していた。


「悔しいなぁ。おめえみたいなヤツと戦えるなら、もっともっと修行しておくんだった」


「魔剣士も、剣聖も。手加減できぬ強さなのは間違いないな」


「おう、そうかい。んじゃやるぜ?」


 下段からの斬り上げ。上がりきらぬうちに手首を返し、斜め左へ流れる。と思った瞬間に真横に薙がれる刃。


ギ、ギギギュン!


 戟の柄に打ち負けた青竜刀がたわむ。刃ごと、剣自体が歪んだ。が。お構いなしで次撃。足だ。廻蹴りの要領で身体を回転させると、その勢いのまま、歪んだ青竜刀が回転力を力に変えて襲いかかる。


ガッ! ザシュ……


 既に曲がっていた青竜刀の刃先がさらに、歪んで、折れ曲がり、再度柄で防がれた部分から勢いで首筋に襲いかかった。血は……それほど出ていない。首の皮一枚……というヤツなんだろう。イリス様が全く気にしていないことも伝わってくる。


 ああ、こりゃ……ホウジョウとの戦闘限定なら、多分、ロングソード二刀流の方が相性は良かったんだろうな。速さに対応が間に合ってない。

 というか、武芸百般な彼女のために、俺の指輪に武器を各種収納しておかなければダメだな。戦況や戦術、そして戦う相手に合わせて武器も変えるのは非常に重要だ。正直、最大容量にさほど余裕が無いので、かさばる荷物はあまり入れていなかったんだが……。ちゅーか、結構広がってるんだけどね。あの激強特訓のおかげで、魔力総量も増えてると思うし。


 今回の戦い。こうしてある程度の力を持つ者が出てきた時に、いくらイリス様でも力押しのみではどうにもならない場合がある。と分かっただけでもかなりの戦果と言っていいだろう。


 それこそ、剣聖と同じレベルの使い手が……5人同時にかかってきたら、幾らイリス様でも危ういハズだ。ここまで楽勝過ぎたから考えていなかっただけで……世界は広いということだろう。



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