0122:ボロ布

 本陣を狙った二人。


 まずは兵糧からだ。火矢を放ち、その火を風で大きくする。火勢はあっという間に最大になり、様々な物資が朽ち落ちていく。彼らがやってきた方向から攻め込んでいるので、馬たちは谷へと走ることになる。イリス様と騎士団(笑)の次のお仕事は馬の鹵獲だ。


 物資が盛大に燃えている最中、やっと重い腰を上げた偉そうな騎士たちが、慌てた顔で天幕から顔を出す。


「何が起こっている! 当番騎士!」


 遅いなぁ。というか、なんで攻撃魔術が使用されたと同時に動き始めないのだろうか? 魔術士……いるんだろう? 当然。まあでも、魔力が存在するのが判っているにも関わらず、魔力に対する警戒も研鑽も積んでいない軍事組織など、こうして蹂躙されるのが当たり前だ。


 そういえば、この世界、魔術を生かした隠密とか、魔術斥候隊なんていう忍者的なカッチョイイプロなヤツラは存在しないそうだ。あえて言うなら、そんな役割の部隊はモリヤ隊くらいじゃないか? という。


 武術なら武術、魔術なら魔術と、極めるだけで凄まじく時間がかかるから、そんなハイブリッドな戦士、兵士が必要な隊は無理。と言われた。稀に、ちょっとした魔術を使える戦士とか、剣が使える魔術士なんて浪漫溢れる者もいるそうだが、大抵は成功せずに消えて行くという。


 いつの間にか。イリス様が火炎煙るこちらの戦場、本陣を動き回っている。速い。ここでも殺さなければ容赦はいらないと言ってある。殺さないのは……当然、仲間の兵に連れ帰らせる為だ。これで敗残兵は傷病兵の世話をしなければいけなくなって、戦力としてカウントできなくなる。


 炙り出されたお偉いさんは殺害厳禁で拘束させた。向こうの意図に従って使えない貴族一斉処分市を開催してやるほど優しくないのだ。


「敵、本陣機能停止しました。この谷周辺に魔物は?」


「この谷には……それほどではありませんが、周辺の森にはフェダウェイがいるとは聞いています。それよりも魔物では無い、通常の狼の群れの方が怖いかもしれません」


 ああ~血の臭いを大いに撒き散らかしてるからねぇ……今回。ヤバイか。


「ここは既に、征服国側に知られてしまいました。早急に引き払いましょう」


「ど、何処へ向かうというのですか?」


 イリス様たちと同じように、白の素焼きの様な、木製の様な口の部分の無い仮面を付ける。魔道具で顔の位置に維持されて剥がれない。自身の魔力が切れるか、外そうと思わなければ、永遠に貼り付いたままになるそうだ。


 今回、我々ユーグラット傭兵団は仮面を付けて行動することになった。王女が国を取り戻した際に、余計な力が働いたと思われないために、だ。国を取り返したら即立ち去る。その際、居なくなったとすぐに判るのも重要だろう。


 正直、我らは身バレもしたくない。対応が面倒だから。何よりも、水路の存在はいつかバレるにしても、黒ジジイ方面にはギリギリまで隠したい。


「この里から一番近い城砦都市……モルダンでしたっけ? いただきましょうか? あ、いや、取り返しましょうか」


「え?」


「今なら一個騎士団が消滅して、この方面の常備戦力が激減しているハズです。拠点欲しいじゃないですか。あと、先ほどでお判りいただけた通り、守勢に回るよりも、攻め込んだ方がうちの力を生かせます。その前に……」


 俺の視線に合わせて、ミアリアが動いた。


ゴト


 ……ナイフを持つ右手が斬り落とされた。


「な、何を……オージェック!」


 ナイフが狙ったのは俺でもミアリアでも無い。王女……だ。そして切り落とされた腕を呆然と見ているのは……初見からヤバイ感じのしていた、オージェックくん……えーと。オージェック・ニオ・セーキル……侯爵? だったかな? 微妙に違ってるかもだけど、まあ、そんなヤツだ。


 インテリ系女性蔑視主義者。王女の側でその動向をスパイしていたのだろう。征服国に通じていた内通者はこいつだったのでした~。まあ、こいつだけじゃないけど。多分。斥候がいないのにこっちの情報をアイツらに筒抜けだったのは……側近中の側近が裏切っていたからに過ぎない。王女、残念ね。


 血を流しながら、素早くミアリアに押さえ込まれた。


「彼的に王女に勝たれてしまうと困るのでしょうね」


「万が一も無いという状況であったのに……貴様らが! 貴様らが来なければ!」


「さっきのベルミオさんでしたっけ? の顛末を見てましたからね。俺を傷付けるのは難しいと判断して、王女狙いに切り替えたと。やだなぁ。契約者が死亡してしまったら、傭兵団への支払いも滞ってしまうじゃないですか。凶刃から守らないわけないでしょう? 彼女は俺と王女の護衛でもあるんですから」


「そんな……オージェック……」


「いやいや、王女殿下、もう少し人は疑った方が良いですよ? 数年前。一国があんな短期間で制圧されるハズがない。貴方の周りは引きちぎられる寸前のぼろ布で出来ていると、何故今も理解していないのですか?」


 愕然とした顔。姫様、姫様と気を遣われてきたんだろうなぁ。必要以上に隠されて現実を見てなかったのか。担がれてなんぼ。姫様はいてくださるだけでよろしいのです。なんて言われて。


 まあでも、それで良しとしたのは自分だろうしな。それすらも知らなかったか。いや、既にここは生と死の最前線だ。知らない見ていないは通用しない。





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