0099:特訓
唐突に呪文が発動した。痙攣する。ビクビクと……肉体がではなく、精神が。気持ちが。思いが。記憶が、思考が、訳のわからない力によって弄られている。引き裂かれている。ざわつき、不安、焦燥、動揺、錯乱……これは……なんだ。
「ぐぁはああぁぁぁぁ」
あまりの衝撃に口から声のようなそうでないような、自分でもコントロール出来ない音が漏れた。正直、こんな、こんな声は聞いた事がない。自分でもびっくりというか、冷静ではいられ……。
「あああぁぁぁぁぁぁあ」
いつの間にか立っていない。ジタバタと這いつくばり、床でうごめく。あれ? 俺はいつ、肉体操作を手放した? よだれと涙と鼻水ともう、あれだ、小便も漏らしてるのか? そのためのシーツか。掃除しやすいし。
って、俺は? あれ? 何だ? おかしいぞ? なんで、こんな冷静な部分が……残っている? さっきまで直接ダメージを喰らってたのに、なんで変に客観的に今の状況を見れてるんだ? どういう……アレ。この視点。ファランさんか? これは……ファランさんの視点……か。
呻き声を上げながら、のたうち回ってる自分を見下ろす、自分。だが、これはファランさんからの視点の様だ。
こちらから自分を見ている限り、精神的なダメージは感じない。そこにいる自分に戻ってみようと……ウガッ! や、やばい、いま、思考がグチャグチャだ。というか、痛いとかじゃなくて……辛い。常に、おろし金で、すりおろされているかの様だ。
ということで、すぐに離れて、ファランさん視点から俺を観察する。正直ヒドイ。でも、それくらい辛いし、いい大人がこうして逃避してしまうくらい、強烈なのだ。
どれくらい時間が経過しただろうか? 苦しんでいる本人はスゴイ時間が過ぎたと思っているが、実はそれほど大したことは無いハズだ。5分くらいか? 正直、この環境は複雑だ。大の大人がのたうち回っている。しかも自分だ。見苦しいな。くそう。なんか、悔しいし、恥ずかしい。
あー人間辛いとこうなるんだなーとシミジミ実感したりして。
「凄いな……まだ意識を失わぬとは」
ファランさんの声が聞こえる。そっかー意識を失うまであの痛みは続くってことなのか。
スゲーこれが魔力の特訓だなーなんて考えていたら、泡を吹きながら転げ回る俺の、底の方から、ぞわぞわとした何かが這い上がってきている。
ん? 染みこんでくる? 何が? 何かが? ヤバイ、漏れ出した侵蝕してくる感情が俺の色を変えようと迫ってくる。
これは……こっちの……意識にも術が漏れてきている? ヤバイ! このままだとファランさんにも影響が出るのか?
慌てて、ファランさんとの繋がりを切る。そしてそのまま、意識を失った。
目覚めると、また、ベッドだった。最近このパターン多いなー。
あれ? いろんな汚れも消えてる。まあ、服を引っぺがして、水ぶっかけて、服を着替えさせてくれたってことか。うちの関係者は、力持ちが多いからな……。着替えを誰がさせたかが気になるところだけど。
ふう……それにしてもイロイロな意味で俺、足りないんだなぁ。何をしてもこんな風にすぐに倒れてたら、どうにもならないもんな。
身体全体に痺れて、気怠い感じは残っているものの、体調最悪ということもない。まずは自分がどれだけ休んでいたかの確認をしなければ。
「セタシュア。いる?」
いるかな? と思いながら前室に若干小さく声をかける。窓が閉まっていて隙間から、日の光が漏れていない。夜、いや、深夜かな。さすがに休んでるか。
「お呼びでしょうか、御主人様」
って、ドアを開けて入ってきたのでビックリしてしまった。ん? あれ? なんか明るい……あれ? まだ昼間だった? いや、そんなことないか。まあ、うん、呼んだんだしね。こっちが。
「ごめん、俺、どれくらい寝てた?」
「午後にお倒れになって。ここに運ばれました。先ほど、日替わりの鐘が鳴りました」
「そか」
ちゃんと、いつどこを教えてくれる。これ、賢いの証だよねぇ。
「ファラン様が意識を取り戻したら診察するのですぐに呼ぶようにと言われております。本日はお館にお泊まりになっておられます。お伝えしてよろしいですか?」
「え?
「はい、初回なので、念のためにと」
「そうなのか。うーん……申し訳ないな。でも、呼ばないと怒られそうなので、声を掛けてみてください。もう、お休みになってたら、別に明日でも……」
「かしこまりました。御主人様はお食事などはいかがいたしますか?」
「なんかとりあえず、いいかな……飲み物を何か。このあと、もう一度寝て、明日朝、消化に良いモノでもお願いするかも。灯りもちょうだい」
「はい。では、まずはファラン様に」
「うん、お願い」
そうか……夜中か。って、セタシュアはいつもいる気がするけど……うーん。迷惑掛けちゃったなぁ。倒れたりするたびに、隣りに控えてくれてるんだろうなぁ。トホホ。あんなちいさい子に迷惑をかけて……俺ってやつぁ。
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