0095:指輪

追伸 指輪にしたのは……えへへ。そりゃね。魔法使いの大事なモノといえば指輪……だよね。イトシイシト。ってことで、その異論は認めない。じゃねー。


 手紙は……全体的にノリが異様に明るく、なんていうか、若く、メッセンジャーソフトで話をしているようにフレンドリーだった。


 そこに数百年の気持ちの積み重ねが詰まっているにも関わらず。彼が気を使ったのか、歳を取れなかったということは、姿もある程度若いまま、その頃のままの気持ちでいたからこうなったのか判らない。


 いや、多分素でこんな感じで、魔術とかトンデモナイチートで強いのに、偉ぶらず、ずっと砕けた感じだったんだろうな。


「モリヤ、大丈夫か? どうした?」


 だが、イリス様に心配されてしまうほど、俺は為す術無く泣いていた。涙も鼻水も垂れてると思う。本当に長いこと一人でここにいたのだ。その事実が……もう、どうしようもなく、悲しかった。


 同胞がここで死んだ。多分とんでもなく昔の様だ。でも。日本で生きていた時代は俺とそう変わらない気がする。時空というか、転移時の歪みとかで、こちらの世界に来るタイミングが大きく変わるとかあるんだろう。というか、その神様次第なのかもしれないし。本当は。


 彼はここに来た時、俺より年下なのだ。大学生だ。夢も希望もあったろう。


 ちゅーか、ここにあるモノの中で一番価値があるのはエロマンガなのかよ。なんだよその価値観。いや、漢としては間違ってないけどさ。ダメだ……涙が……。ああ、ちくしょう……。くそう……。何もできない。くやしい。なんだこれ。かつてあったことで今さらどうにもならないこと。仕方ない、仕方ない事なんだ。でも。


 俺は彼とは違う。神様にも会ってないし、召喚されたわけでもない……と思う。世界の事情とか、自分の能力なんてモノも何も説明されずに放り出されている。説明書不足、チュートリアル不足。イリス様がいなかったら、跳ばされてきた分だけ大赤字だ。怒りようにも、矛先がないし。


 でも。俺は。スキルのおかげか、彼が求めていたスキンシップ、ふれ合いが可能だ。マッサージすることでこの世界の異性が(って最近やってないから、もしかしたらイリス様やモリヤ隊のメンバー限定なのかもしれないけど)気持ち良くなってくれているということは、大きく違う。だから救われる? だから大丈夫? いやそうじゃないだろ。くそう。


 涙が……。嗚咽が。止まらなかった。余りにも悲しい英雄譚に、ぞわぞわとした寒さが背筋を走る。落ち着かない。これがリアル異世界転生モノの結末かよ。


 人は生き、そして死ぬ。当たり前だし、当然だけど、だけど。彼の望みは長い年月欠け続けた温もりを求めていた。叶わない願い。それが幾重にも積み重なってまとまって、にも関わらず、未来の同胞に手紙、手がかり、情報を残した。恥ずかしかったのか、同性限定だったのはアレだけど、まあ、気持ちは判る。エロマンガはなー女子に見せたく無いよね。日本社会の常識からいけば、下手すれば条件反射で燃やされそうだもんな。


 しばらくして。スーッと気持ちが落ち着いてきた。まあ、うん。厳しかったろうとは思うけど、明日は我が身か。そうだな。俺は神にも会ってないし、勇者でも何でも無いから、長生きは出来そうにないけどな〜。


 ああ、それにしても、この人は大事なことをキチンと伝えてくれている。末期の手紙だというのに。見事だ。特に神様との会話? らしき辺りはありがたい。あ、また、涙が。


 指輪は机引き出しの裏の、更に境の出っ張りの裏に本当に隠してあった。これあれだよな……某映画の「衿の裏に隠すわ」の流れなんだろうな……。判る人間で良かったけど。


 指にはめる。結構大きい……気がする。なんとなくで右手の中指にはめてしまった。


シュ。


 うわ、スゲッ! 空気が抜けるような音がして指輪が若干縮んだ。


 そして鈍く青い光を発した。


 サイズ……自動調整ってことなんだろう。価値の高い魔道具、レアアイテム、装備はサイズが自動調整されるとか言ってたけど、これがそうなんだろうか。というか、これでこの指輪は俺専用になったと。まあ、条件全部満たしてるもんな。


 えーと。鑑定と収納と瞬間転移なんていうムチャな能力だったっけ? えーと。まずは鑑定……とりあえず、自分の手を見ながら鑑定したいと思えばいいんだっけかな?


 自分の手を見ながら「ステータスを見たい」と考えた。何か……頭に何かが浮か……。


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