0086:地下迷宮第四層その②

 それこそ、迷宮で生き物が死ぬと遺体が消える。アイテムをドロップする。


 それは古より「そういうこと」であって、何故? なんて考えないという。神の采配、その現象が現れる場所が迷宮で、そうで無ければタダの地下遺跡となるのだ。


 ちなみにある程度時間が経過すれば人間が死んでも遺体は消える。さらに装備も高価? 価値の高い? 物ほど消える。


 背負っていた袋などを死ぬ直前に手放すと消えずに残ることから、迷宮で死ぬ冒険者は死んだ瞬間に高額なアイテムを手放す場合が多いという。どうせ消えてしまうなら、生きている人に使ってもらえれば……ということらしい。


 まあ、鎧なんかはどうしても脱げなくてそのまま消えることになる場合が多いそうだけど。


 冒険者の間では、そうやって死体と共に吸収された武器防具、アイテムが、迷宮の宝箱の中身に変換されている……と言われている。


 ただ実際に、消えた剣がそのまま、宝箱のお宝として出現した事実は確認されて無いそうだ。


 それこそ、剣なんて有名鍛冶屋の銘入りのモノも珍しくない。というか、一定以上の高価な剣はオーダーメイドとなり、すべからく銘が入る。迷宮産の武器にそういった銘入りのモノは見つかっていないという。


 大規模な検証が行われたわけではないので、あくまでそう言われている、という感じなのだが。かなり長い間、古の時代からそうらしいので、ほぼ事実なのだろう。


 ということで、目の前に迫るドアを開けると確実に、階層ボスだと思う。まあ、とりあえず、チャレンジしてみないとか。「ボスっぽいから帰れ」は、何よりもイリス様始め、熱き冒険者魂を持つ者たちが納得しないだろう。


 ドアには鍵も封印もかかっておらず、普通に開く。これまで通りなら、入ってしばらくするとドアが閉まる。そしてボスが出現する……ということで、現れたのは、体長3メートルはある黒い狼だった。みんな黒だね。この迷宮。


 こちらを確認するなり、凄まじいスピードで突っ込んでくる。突っ込んできながら……いつの間にか増殖もしていた。自分よりは小さい狼が……5匹。


「喚んだな」


 ファランさんの呟きが聞こえた。仲間や眷属を召喚する魔物は比較的多い。特に階層ボスなんかでは多いらしい。


「デカいのはもらう。あと、小さいのも幾つか倒して行くから、残りは任せる」


 また、見たことの無い魔物の様だ。狼系と言えば、俺が最初に襲われたフェダウェイさんだが、アレとはまた違う。


 突っ込んでくる狼に負けじと、イリス様も正面から突っ込んでいく。不意に右に寄せて、小さい影をはたき落とす。ひとつ。ふたつ。剣の腹で頭を叩き潰され、地に食い込む。


 なぜ、ここまでの動きが見え、対応できるのだろうか? 俯瞰で見ている訳じゃないのだ。イリス様に尋ねても、首をひねりながら「勘?」としか答えてくれなかった。まあ、自分でも判ってないのだから説明出来る訳がない。


 対峙するデカ黒狼。肩にヒゲの様な……触手……の様な何かが生えているようだ。無数のウネウネが蠢いている。かなり気持ち悪い。

 高速で移動しながら爪や牙を向け、さらにその触手が鞭の様にこちらを捕らえようと四方から襲いかかってくる。


 だが、イリス様の剣が、その触手を斬り刻んでいく。仕掛けて来た爪や牙も、確実に叩き折られている。


 デカ黒狼も、イリス様も足は止めない。スゴイ速さで移動しながら、仕掛け合っている。高速戦闘って奴だ。このスピードでは、さすがのイリス様でも、踏み込み、体重を載せた攻撃は「まだ」出来ていない。


 新しい戦闘パターンに、俺は全ての動きを見逃さない様に集中する。


 そもそも、俺の実力では何も見えないまま、くびき殺されて瞬殺のハズだ。が。イリス様を通してだと、非常に「良く見える」。自分の目で見ている動き以外に、耳、肌、敵の気配、温度、殺意、まあ、そんなこんなを勘とまとめて感じ、対応しているのだ。

 確かにこれだけ情報が入り混じってしまうと、口が達者でないイリス様には説明は不可能だろう。


 デカ黒狼もいまだ高速で動き続けて、イリス様の二刀流をなんとかしのぐ。ああ、でも。うん。狼は、いつの間にかイリス様の間合い、剣に合わせて動かされている。配置されている。

 すれ違いざま。いや、すでに、この距離、この向きに駆け抜けさせられている時点で……。


スッー


 足運びに比べると遙かにスローな動作で右に伸ばした刃。二振りの剣が振り切られた。


 急激に落とされたスピード。相対的な差は如何ほどか。

 急に止まれない狼の胴に、二本の剣線。深い。血がドバドバと滴り落ちる。


 とりあえず、デカ黒狼はそこまでだった。四肢を切断。首を跳ね飛ばしたイリス様が倒した。残りの三匹はロザリア、ミリア、リアリスが足止めしている所へファランさんの麻痺の術が加わり、危なげなく首を落とされて行った。


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