0081:地下迷宮第二層その②

 ネズミ……と思った魔物はモグラ系の魔物らしい。正確にはモグラ系獣人の魔物……とでも言おうか。名前は問答無用で黒き穴掘りマダンバグラエガと名付けられてしまった。バグラエガは地上でも見かけることがあるのだが、大抵黄土色に近い茶色で、ここのヤツはかなり黒っぽいらしい。ということで名前に入っている。この迷宮のオリジナル要素が「黒」ということなのだろうか?


「コイツも……亜種か。本当にこの迷宮は「真に新しい」のだな」

「ああ」


 ファランさんの言う「真に新しい」は新種の魔物が新種の素材を落とす可能性が高い、新規産業の予兆を含んだ迷宮ということだ。正直、近隣の他の領地の主産業なっている穀物生産が無く、観光名所的、流通経路的にも目を引く要素の無いオベニスでこれは大きい。


 どうにか利益を確保するために、水路を生かして新規流通経路の開拓で上手いことやってやろうと思っていたのだが、ブルーオーシャンな素材を供給してくれる「真に新しき迷宮」が加わると状況が大きく変わる。


 冒険者ギルドも支部の強化を行うだろうし、大手商店、鍛冶、革鞣し、武器防具製造、錬金、製薬……ちょっと考えただけでも経済効果は計り知れない。


 まあ、俺自身が実感してるわけではなく、イリス様やファランさんのわくわく感がそう伝えてくるので「そうなんだろうな」と思うしか無いわけだけど。


 迷宮はお宝の山、お宝を生み出す畑、泉と誰かが言ってた気がするが、他の領にある迷宮、そこから産出されるアイテムの一覧、数を見ると確かにその通りなのかもしれない。データとして上がってきていないけど、冒険者は少なからず死んでるハズだけどな。


 違う扉を開ける。


「くっこれは……」


 目の前に……まあ、あからさまな蜘蛛の巣が張られている。というか、部屋中が巣だ。これはもう、判りやすいというか、なんというか。


 そして、拳よりも大きい蜘蛛の魔物が数匹襲いかかってきた。用心してたイリス様の剣がはたき落とす様に始末する。


「これは……蜘蛛も新種か」


 斬り落とされた蜘蛛が落としたドロップアイテムは丸まった糸。文字通り、蜘蛛の糸か。蜘蛛、特に魔物の糸は、通常の糸、蚕や食物繊維の糸に比べて脅威的な強さを誇る。しかも迷宮なので思い切り巣を焼き払っても、アイテムは回収出来る上に、数日すれば、また、同じ様に巣が出来上がるという。


 まさに無限供給、永久機関。あ、俺も大概、ワクワクしてるや。


 蜘蛛の糸の色は当然の様に黒。黒き絡まりマダンジャニカだそうだ。これも、地上に巨大蜘蛛=ジャニカが存在する。


 奥へ探索していくと、マップ上に明らかに怪しい広間が出現していた。うん、これはもう、確実に階層ボスでしょう。


 目の前にこれまでとは違う若干重厚な扉が見える。ミリアによれば鍵はなし、罠もなし。


 ファランさんが魔力を剣に付与する。と、同時にイリス様が踏み込んだ。奥に蜘蛛の巣。でかい! そして、巨大蜘蛛か! 両足までの横幅約2メートル。


 音に反応したのか、対面の巣から、大量の糸が襲いかかる。


 イリス様とオリビアが切り落とすも、残りが手や足に絡み付く。


「炎の壁」


  多分、予測していたのだろう。すごい速さで、さっきと同じ様に炎の壁が立ち上がる。


 当然、炎によって絡み付いた糸は焼け落ちるハズ……と、思ったのだが。


「なに?」


 イリス様たちを拘束している糸は、炎に炙られているにも関わらず焼け落ちなかった。そもそも、蜘蛛本体も、糸も火に弱い。昆虫系の魔物は全て、火の魔術で焼き払えというのが主な攻略法だ。


 と言いつつも、昆虫系の魔物と遭遇するのは森であることがほとんどで、うかつに火を使えない場合が多い。なので苦戦する、昆虫系は強い……というイメージが定着したのだという。


 それにしても……本体はともかく、何故糸が燃え落ちないのか。よく観察してみると……糸に水……いや、粘液のようなモノがまとわりついている。それによって糸が強化され、炎耐性を得ているようだ。実際、イリス様でも引きちぎれない。


 まあ、焼け落ちなかったのは仕方ない。魔力を帯びた剣で丁寧に切り落としていく。やはり、粘性のある液が糸を伝っている。

 

「逃れられないわけじゃ無いが……ファラン、火の付与を」


「火の鎧」


 ほぼ無詠唱で唱えられたのは、ファイアウェポンとか、ファイアエンチャントって感じの付与魔術だ。RPGだとお馴染みだが、この世界では魔力付与は当たり前でも、火や氷の付与はかなり難しく珍しいらしい。


「武器に火が……これが火の鎧の付与魔術」


 ほら、ロザリアが感心している。多分、彼女はかけてもらったことは無い。というか、見たのも初めてかもしれない。この国では……ファランさんと黒ジジイしか使うことが出来ないハズだから。


「ロザリア、ボーッとするな。お前の斧はアイツを潰すのに最適だ。当てられるように動きを止めてやる。仕留めろ」


 ロザリアの両手斧にも火がまとわりつく。リアリスの弓が炎の壁の向こう側の巨大蜘蛛を牽制する。ミリアは飛んでくる糸をナイフで切り落としていく。あ。彼女も結構スゴイ。飛んでくる糸の軌跡を読んで、イリス様とロザリアに到達する前に棒(どこに落ちてたのか)で絡め取って処理。どうしても逃した糸を斬る……というなかなか細かい働き者の様だ。


「ミリア。ロザリアに集中してやってくれ」


 頷くミリア。イリス様が構える。次の瞬間には、その場にいなかった。斥候であり、目の良いはずの彼女が全く追いつけない。


「スゴイ」


 自然に呟きが漏れてしまったようだ。


 イリス様はスピードを生かして、巨大蜘蛛本体に襲いかかっていた。糸で出来た巣の上を高速で移動していた蜘蛛は、いきなり現れた尋常じゃ無い嵐の様な攻撃に戸惑っていた。


 よだれ? を這わせた糸で出来た巣は、力の強い魔物でも引き千切ることはできない。それが、火を纏った剣を振る女に、簡単に裂かれていく。


「根本的には火が苦手なのか。外の蜘蛛と変わらないな」


 避ける蜘蛛に合わせて、巣が着実に燃え落ちていく。徐々に、その巨体が、炎の壁の端へ追い込められていく。


「壁、消えるぞ」


 ファランさんの声と共に壁が無くなる。いきなり現れた燃える斧を振りかぶったロザリア。巨大蜘蛛は複眼を一斉にこちらへ向ける事しかできなかった。


「両断」


 ロザリアが呟きながら振り下ろした斧は技名通り、巨大蜘蛛を二つに分けた。


 ドロップアイテムは魔石、糸の塊、革袋に入った不燃性の液体だった。さらに討伐後、みんなをボス部屋から追い出し、ファランさんが大火球を撃ち込む。しばらくして炎が収まると、そこにはお宝の山が。


「布なんかの燃えるものは消えるがな。楽でいい」


 よく調べないと最終判断は出来ないが、人種の遺留物は見当たらなかった。これは、この迷宮を冒険者が探索していない証拠になるのだ。大量の魔石と様々な素材を手に入れ、パーティーはボス部屋奥の階段を降りていく。



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