0071:奇貨二枚目その1

◆シエンティア・タジク 13歳◆

 王都でも大店とよばれているメルティアル商会の商会主、アーナン・ニハールの娘。32人兄弟姉妹の23番目。多くの大商人を輩出した、ハビエクウ経済学院を飛び級に次ぐ飛び級でたった1年半で卒業。所謂天才のようだ。が、彼女も女であるというだけで某子爵家への嫁入りが決定し、それに反発して出奔。家督相続権の放棄、市民権の抹消、それら全てを既知の貴族を証人として作成提出して、オベニスに逃げ込込んで来た。


「イリス様にはご機嫌うるわしゅう。シエンティア・タジクでございます。ご命じくだされば、確実にこの地に繁栄をもたらして見せましょう」


 子供、だ。すごく賢い子供だ。茶色の髪を後ろで一つにまとめている。つり目。器量はそこまで悪くないが、良くもない。普通。ただ、表情は穏やかで動かない。心の機微を隠そうとしているように見える。着ている洋服は、ファランさんの服と似たデザインの茶のワンピース。着られている感じもない。違和感がすごいが、それは、現代日本を知る俺だけかもしれない。

 

「具体的にはどうしますか?」


イリス様から紹介された後、俺はシエンティアに問いかけた。


「オベニス独特の商品を用意しなければ長期的には立ち行きません。ここは中心部でなければ要地でもありません。物を動かすだけでお金が稼げる、場がないのです。さらに、今のオベニスの安寧は、領主様の温情によって成立していることを知らなすぎです。ですから〜」


 彼女は脇に置いていた鞄からお金を取り出した。10Gと1Gを3枚。合計13G。うーん。これは。


「これはオベニスの商業ギルドで麦を売ったことで得た利益です」


 あーそういうことか。うん、これが彼女の強みか。


「ああ、そうだね。確かに問題だ。今を生き抜いている商人のルールや手法を身近で教えてくれるわけだね」


 シエンティアの目が大きく見開いた。そんなにビックリしなくても。


「……はじめて……です」


「何が?」


「私の二歩先を読んだ人がです」


「いやいや、読んだわけじゃないよ。その問題は分かってたからね。ただ、それこそ商取引の流れや、モラルの程度を確認してからじゃないとだったから。時間が無くて放置せざるを得なかった。この何倍?」


「すぐにでも100。本腰を入れれば1000でも5000でも」


 黒ジジイはな〜隙があればやって来るだろうな〜。


「制限をかけるべきかと。そして多くの商店と取り引きを行います」


「そうだね、でもそれは敵がいない前提の話だ」


「敵が……いるのですね、ああ、わかりました。規模は?」


「では、最大で」


「それは……無理です。この地は四方を他勢力に囲まれています。全ての関所を押さえられてしまえば」


「為す術がない?」


「……悔しいですが」


 この歳でこの見聞。現実には為す術がない状態というのも有り得るのだ。努力や根性でどうにかなるなら、誰もがそれをやっている。


 彼女が提示してきたのは麦の売買、しかも、領内での売買での利益だ。オベニスでは麦などの生活必需品に対して優遇制度を取っている。とは言っても微々たるモノだ。若干。若干近隣の領地よりも買い取り価格に色を付けているだけだ。

 大氾濫によって糧食に打撃を受けたのもあるし、魔石は獲れても麦や野菜の収穫はそこまでではないこの領では、当たり前のこと……ではあった。それに少々色を付けて、持ち込まれる量の安定化を図っているのだ。


 が。彼女に指摘された通り、この施策には少々問題がある。それこそ、近隣の街や村で、彼女一人がもてる量の麦からですら、はっきりと利益が発生してしまうのだ。そこを狙って……多分、大手商店などが大量に麦を持ち込むようになったらどうなるのか?


 当然、商店は儲かる。ボロ儲けとはいかないまでも。さらに、大量の在庫が備蓄されれば、こちらも買取価格は下げざるを得ない。優遇が小さくなればなるほど、大手商店の独壇場、大量に持ち込んで利益を独り占めにしてしまえばいいのだ。


 結果的に、この領の麦は大手商店単体によって牛耳られてしまう。で。まずいのはさらにこの先だ。一度牛耳られてしまえば、そこからの値段はその商店次第だ。こちらが介入することで、ある程度制御は出来るだろうが……問題はこの商店が売り渋りし始めた場合……だ。


 牛耳られてそこに頼っている状態なのに、品物を引き上げられる。当然、他の商人や商店が再度この地に麦を持って訪れるだろうが、確実に間は開いてしまう。生活必需品でそれは、どうにもマズイ。備蓄でどうにかできる、一時的なものであればいいのだが、王都辺りからプレッシャーを掛けられた場合、長期の出荷制限を仕掛けられる可能性は高い。


 こちらが求めている=弱点を晒しているのだから、そこを突かれても仕方ない。


 まあ、簡単に言えば。この領地は単独では成立しないということだ。元々。


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